2014年05月

2014年05月31日

丹波笠次病院 京丹波町須知地区

旧須知小学校のある須知地区は旧山陰道の街道沿いの町として
発展してきた町でした。
現在は集落の前を拡張された国道9号線を通り、そちらが本通りとなっていますが、
かつては須知地区を通る道がかつての街道でした。
現在もかつての旧須知町の中心だった面影が残されています。
その中で戦前の洋館の医院が現在も残されています。
須知1








丹波笠次病院の旧館。典型的な昭和初期の地方の木造病院建築。
須知2








だいぶ老朽化はしているものの、当時の面影は良く残されています。
須知3








裏手はペンキも無くかなり傷んでいる様子が。
丹波笠次病院はこの旧館のそばに新館が建てられておりますが、
老朽化しているとはいえ、よく残していただいていると思えます。
須知4








街道沿いには古い町屋もいくつも残され、
かつての旧山陰道の面影を伝えています。

besan2005 at 20:24|PermalinkComments(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック 医療機関 | 京都府

2014年05月07日

舞鶴市浜地区 旧海軍官舎群

舞鶴市浜地区通称「官舎山」と呼ばれた丘の麓には
北吸官舎と呼ばれた街並みが作られ、海軍軍人用の官舎が建ち並んでいました。
官舎の建築は明治32年から始められ、明治35年に終了し65棟建てられました。
海軍官舎配置図










図1
※舞鶴市教育委員会社会教育課「舞鶴の民家 旧市長公舎」のHPより引用。
http://www.city.maizuru.kyoto.jp/modules/kyoikup/index.php?content_id=197
上記のHPから引用した北吸官舎の配置図。

今回浜地区の旧海軍官舎街を探索した結果、官舎と思われる建物を
10棟確認しました。
現存官舎位置










図2
※上記の図を参照し現存している官舎の位置を赤で塗りつぶしたもの。
(位置に関して差異があるかもしれません。間違ってましたらご指摘ください。)
半分になっている官舎もありました。

以下探索で確認した旧海軍官舎です。

海軍丁号官舎1








丁号官舎(図2)第1期工事のもの。
棟は半分だけ残されています。
門扉は交換されていますが門柱は当時のもの。
海軍丁号官舎2








丁号官舎(図2)第1期工事のもの
こちらは完存。門扉だけは交換されています。
門が2つあるので1棟に2世帯住んでいたと言うことでしょうか。
海軍丁号官舎3








丁号官舎(図2)第1期工事のもの。
棟は半分のみ残存。門扉と門柱は当時のものか。
塀はブロック塀に変えられてますが、塀の支え柱はオリジナルと思われます。
海軍丁号官舎4








丁号官舎(図2)第1期工事のもの。
こちらも半分のみ残存。門柱と塀の支え柱は当時のもの。
海軍丁号官舎5








丁号官舎(図2)第3期工事のもの
建物の外観は改装されています。
海軍丁号官舎6








丁号官舎(図2)第2期工事のもの。
空き家になってて塀も一部失われているため、官舎の姿が一番よく確認できます。
外観は当時のままのようですが、やはり棟の半分が失われているようです。
棟が半分にされているのは、丁号官舎△里茲Δ烹韻弔療錣烹伽ぢ喟験茲靴討い燭燭
所有者が異なり、住み続けられている部分だけ残された可能性があります。
長らく空き家だったためか老朽化が進み管理会社の管理下に置かれているようで
近いうちに取り壊される可能性があります。
海軍丁号官舎7








丁号官舎(図2)第2期工事のもの。
外観は改装されています。門柱と塀の支え柱は当時のものと思われます。
海軍丁号官舎8








丁号官舎(図2)第2期工事のもの。
建物の外観は改装され塀も建て替えられていますが、
建物自体は当時のものと思われます。
海軍丙号官舎9








丙号官舎(図2)第2期工事のもの。
塀はブロック塀に建て替えられていますが、門柱と母屋の建物は当時のままのようです。
海軍丙号官舎10








この丙号官舎の敷地の隅に木造の小さな付属屋がありました。
当時のものでしょうか。
海軍乙号官舎旧市長公舎1








乙号官舎(図2)旧市長公舎 第3期工事のもの。
旧市長公舎として使用されていた旧官舎で、この官舎だけ門が枡形のようになってました。
海軍乙号官舎旧市長公舎2








街路の角から。最近左側の塀が修復されたようです。
海軍乙号官舎旧市長公舎3








母屋は当時の状態がよく保たれていると思われます。

北吸官舎街の旧海軍官舎は全て和風平屋建てで寄せ棟の屋根となっており、
門や塀も含めてデザインが画一化されています。
また、旧鎮守府長官舎近くの海軍官舎のように洋館は併設されておりません。
http://blog.livedoor.jp/besan2005/archives/54136401.html
※記事・東郷邸近くの旧海軍官舎

旧鎮守府長官舎近くの官舎が鎮守府付き副官や艦隊司令官等の将官クラスの
高級将校用の官舎としたら、北吸官舎街の官舎は中級〜下級の所帯持ち将校用の
官舎だったのでしょうか。

現在現存している官舎は空き家を除いて個人宅として使用されています。
個人名が判明するものは画像の加工処理を施しました。



besan2005 at 11:24|PermalinkComments(2) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック 旧軍遺構 | 京都府

2014年05月04日

亀岡市 旧大谷鉱山鉱長社宅

京都府亀岡市稗田野町鹿谷地区はかつて大谷鉱山があった場所で、
鉱山の街として栄えていました。
鉱山の採掘はタングステン。大正3年から採掘がおこなわれました。
しかし、昭和58年閉山。現在は静かな集落ですが、
今でも鉱山町時代の遺構が残されています。

鉱長の社宅もその一つで良好な状態で現存しています。
大谷鉱山鉱山長旧宅3








鉱長社宅。平屋建ての和風建築。
大谷鉱山鉱山長旧宅2








一部出窓を設けています。中は洋室のようです。
しばらく空き家でしたが現在はリニューアルされ個人宅となってます。
出窓は元からあったもののようです。
建築年代は戦前であることは間違いないと思われます。
昭和初期ごろでしょうか。
大谷鉱山








鹿谷地区内には他にも鉱山時代の建物がいくつか残されてますが、
ほとんどが廃墟と化しています。

besan2005 at 12:00|PermalinkComments(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック 鉱山施設 | 京都府

舞鶴旧北吸浄水施設&舞鶴旧鎮守府水道施設(桂貯水池・岸谷貯水池)

2013年7月7日に一般公開された旧北吸浄水場のレポです。
旧北吸浄水場は舞鶴湾に停泊する艦艇に給水するために
設けられた施設で、明治34年に建設されました。
第一配水池と第二配水池の2棟が現存し、
国指定重要文化財に指定されています。
北吸浄水場1








旧北吸浄水場の正門。こちらも国指定重要文化財。
北吸浄水場2








配水池上屋は煉瓦造りで、大正15年に建設されたもの。
北吸浄水場3








配水池上屋の間。

公開されたのは奥側の第一配水池。
北吸浄水場4








内部も煉瓦造りで荘厳な雰囲気。
このようなスペースが5つくらいあり、
つづら折れのようになっています。
北吸浄水場5








地下の配水池は明治34年築。
北吸浄水場6








まるで神殿のよう。
北吸浄水場7








上屋の屋根は鉄骨組のトタン張り。
鉄骨も上屋の煉瓦壁と同じ大正15年のもの。

海軍の軍用水道施設は別の場所に設けられ、
舞鶴の外れの与保呂川上流に貯水池が作られました。
明治33年完成の桂貯水池と大正10年完成の岸谷貯水池があり、
両方とも国指定重要文化財となっています。
与保呂堰堤1








桂貯水池。明治33年建築。
石張りの堰堤は欧州の古城のよう。
与保呂堰堤2








水門には扁額とMを2つ重ねた海軍のマークが。
このマークは朝来地区の第三火薬廠跡に残る消火栓にもあります。

岸谷貯水池1








岸谷貯水池。大正10年。
桂貯水池の下流側にある貯水池。軍港拡張により新たに建設されたもの。
これは放水路。
岸谷貯水池水路橋











放水路をまたぐ導水橋。コンクリート製と思われます。

besan2005 at 11:37|PermalinkComments(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック 旧軍遺構 | 京都府

旧舞鶴海軍工廠職工共済会病院 中舞鶴分院跡

旧舞鶴鎮守府庁舎のあった丘の麓には、
旧舞鶴海軍工廠職工共済会病院の中舞鶴分院がありました。
旧舞鶴海軍工廠職工共済会病院1








現在はコンクリート製の塀と門柱が残されています。
旧舞鶴海軍工廠職工共済会病院2








角部分には石製の柱が据えられています。
旧舞鶴海軍工廠職工共済会病院3








正門部分。敷地内はかさ上げされて駐車場として使用されています。
旧舞鶴海軍工廠職工共済会病院4








門柱の照明部分。凝った装飾が施されています。
コンクリート製ということとすだれ状の装飾から昭和初期のものでしょうか。
旧舞鶴海軍工廠職工共済会病院5








旧舞鶴海軍工廠職工共済会病院中舞鶴分院跡の隣には明らかに戦前の建物と思われる
平屋の住宅とコンクリート製の門柱が残されています。
旧舞鶴海軍工廠職工共済会病院6








和風の平屋住宅です。
旧舞鶴海軍工廠職工共済会病院7








舞鶴市浜地区にある将校用の海軍官舎だった旧市長公舎によく似ており、
この建物も海軍官舎かと思いましたが、隣の中舞鶴分院との関係上、
中舞鶴分院関係の建物の可能性もあります。

また、この一帯には戦前のものと思われる古い建物が他にもいくつか残されています。
舞鶴の洋館1








明治36年建築の旧高田商会の事務所だった建物。
高田商会は軍関係の商社で、鎮守府庁舎のそばにあることから
舞鶴鎮守府のお抱え商社だったのでしょうか。
後に医院として使用。現在は個人宅です。
平屋の洋館部分がいかにも明治といった趣。
一部戦時中に施された迷彩の跡が残ります。
舞鶴の洋館2








旧高田商会近くの住宅。戦前の建物かと思われます。
舞鶴の洋館3








伝統的な町屋建築に洋館が付属する建物。
写真には写ってないですが木造の洋館部分に煉瓦造りの壁があります。
コンクリート製の門柱や木製の門扉も戦前っぽい。
舞鶴の洋館4








外観が新しくリフォームされているが、恐らく戦前の建築。

besan2005 at 08:17|PermalinkComments(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック 旧軍遺構 | 京都府

2014年05月03日

旧舞鶴海軍特一号官舎・特二号官舎(高級将校用か)

旧舞鶴鎮守府長官官舎(東郷邸)近くに、旧海軍時代の特一号・特二号官舎が
2棟残されています。
※東郷邸一般公開レポ記事
http://blog.livedoor.jp/besan2005/archives/54136392.html

無題








GoogleMapによる官舎位置。
官舎位置










旧舞鶴海軍工廠本館(JMU舞鶴事業所記念館)の見学の際に見た明治42年作成の舞鶴海軍工廠と周辺の配置図により、この2棟の官舎が特一号と特二号という海軍官舎だったという裏付けを取ることが出来ました。(2018年7月21日)
旧海軍官舎1








特一号官舎と特二号官舎は細い小路に並ぶように建てられており、東郷邸と同じ和風の母屋に洋館併設された住宅建築です。
旧海軍官舎2








特一号官舎の洋館部分。軒下の装飾等、東郷邸の洋館部分と酷似しています。
また、鬼瓦には東郷邸と同じく錨の紋が入れられています。
特一号官舎は現在、舞鶴地方総監の官舎として使用されています。
東郷邸2








こちらは東郷邸の洋館。妻側の装飾がほぼ同じです。
旧海軍官舎と思われる建物の洋館は鎮守府長官の官舎である東郷邸の洋館を
一回り小さくした感じでしょうか。
P1000072










特二号官舎から特一号官舎方向を撮影。建物の規模や造り、配置は特一号官舎と同じです。
旧海軍官舎3








特二号官舎の母屋部分。東郷邸と同じ平屋の和風建築です。
並ぶ2棟は全く同じプランで建てられているようです。
舞鶴には浜地区に将校用の官舎だった旧海軍官舎の建物が残されていますが、
その建物は和風の平屋。
この2棟は洋館併設の住宅建築でさすがに鎮守府長官の邸宅ほどではないですが
中々の規模と豪勢さを誇ります。
洋館のデザインが鎮守府長官官舎と酷似していること、洋館併設の豪華さ等から考察するに
鎮守府長官官舎とほぼ同時期に建てられた鎮守府付きの副官や艦隊司令官といった
将官クラスの人たちが暮らす高級将校用の官舎ではないかと思います。

besan2005 at 21:38|PermalinkComments(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック 京都府 | 旧軍遺構

旧舞鶴鎮守府長官官舎(東郷邸)

かなり久しぶりの更新となります。
2013年5月27日に公開された旧舞鶴鎮守府長官官舎(東郷邸)のレポです。

東郷邸1








旧舞鶴鎮守府長官官舎は、舞鶴鎮守府が開庁した明治34年に鎮守府長官の邸宅として
同年建てられました。
初代舞鶴鎮守府長官であった東郷平八郎もここで2年間過ごしています。
すぐ近くにあった鎮守府庁舎は現存していませんが、長官官舎は海上自衛隊に移管され
東郷邸として保存されています。
東郷邸2








洋館部分。
長官官舎は明治期らしい和風の母屋に洋館が併設された建物です。
東郷邸11








洋館の基礎の一部は布積みではなく吹き抜け上になっています。
ここは後から改築されたものでしょうか。
東郷邸10








通風孔。
東郷邸3








裏庭部分。洋館と和風の母屋が接続されています。
東郷邸4








洋館内部。玄関にも近いため応接室として使用されていたと思われます。
東郷邸5








洋館部分のサンルーム。
東郷邸7








母屋の廊下。
東郷邸6








母屋内部。書院造の純和風建築です。
東郷邸8








奥の書斎へ通じる廊下。
東郷邸9








官舎の一番奥にある書斎。ごくシンプルな和風建築で
歴代の鎮守府長官がくつろいだ私室だったと思われます。
東郷邸12








書斎からは庭園が望めます。




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