2019年04月

2019年04月29日

宮津市・上世屋海軍特設見張所探索レポ日記

無題







宮津市の上世屋地区の山中に、海軍の特設見張所がありました。
特設見張所というのは海軍が敵艦船や敵航空機を監視し知らせる施設で、舞鶴警備隊管内では東舞鶴の東山(東山防空指揮所壕)・経ヶ岬・弾崎・冠島・和田山・そして宮津市の上世屋に設置されました。
いつも参考にしています「高射砲陣地と防空砲台」のサイトによれば、特設見張所には「甲・乙・丙・丁・戌・辛」の6種類に分別され、今回探索した上世屋海軍特設見張所は探照灯と聴音機と電波探信儀を備えた照射見張所の丁種だったようです。
上記サイトによれば、上世屋海軍特設見張所は昭和17年より工事開始。昭和18年に完成し聴音機・探照灯・発電機・兵舎があったようです。
上世屋海軍特設見張所に関して数年前に山中の伐採の際に発見され、京都新聞にて報道されたのを知り、上記リンク先のサイトや航空写真等で調べると他にもいくつか遺構が残されていると思われ、今回尋ねてみることにしました。
上世屋海軍特設見張所位置図













上世屋海軍特設見張所の配置図。上世屋海軍特設見張所へは上世屋地区を過ぎ府道75号線と府道618号線の分岐をそのまま75号線の方に向かってしばらく行った場所から西に延びている細い林道から向かうことができ、丘陵へ向かうまでの道筋にも遺構が残されています。
1上世屋海軍特設見張所倉庫










最初に見えてくるコンクリートの建物。道沿いに建っています。
2上世屋海軍特設見張所倉庫










躯体はコンクリートで、窓はありません。燃料庫などの倉庫だったと思われます。
4上世屋海軍特設見張所兵舎跡










さらに進むと熊笹の薮の中にコンクリートの基礎が。
IMG_3051










熊笹の茂り具合が酷く全体の姿を撮影できませんでしたが、大体10m×5mくらいの長方形のプランでした。恐らく兵舎かと思われます。
5上世屋海軍特設見張所兵舎跡台座










兵舎跡の中にあるコンクリートの台座。詳細は不明です。
6上世屋海軍特設見張所水槽










兵舎跡の背後にある大きな水槽。今でも水を湛えています。
3上世屋海軍特設見張所水槽










兵舎跡の道を挟んで向かい側にも小規模な水槽がありました。
IMG_3023










さらに林道を進み、途中で丘陵へと入ります。そして遠くの丘に見える建物が…
7上世屋海軍特設見張所探照灯兼指揮所










京都新聞に報じられていた遺構です。
8上世屋海軍特設見張所探照灯兼指揮所










背後。
9上世屋海軍特設見張所探照灯兼指揮所










正面。この建物の屋上にかつては探照灯があり、湾を照射していたようです。
13上世屋海軍特設見張所探照灯兼指揮所梯子













入口脇には屋上へ上がる梯子の跡が残されています。
10上世屋海軍特設見張所探照灯兼指揮所










内部。入り口周りは煉瓦になってますが、全体の構造はコンクリートで、入り口部分のみ煉瓦になってます。理由は不明ですが。
11上世屋海軍特設見張所探照灯兼指揮所










入口から内部。監視用と思われる窓が1つだけ開いてます。
12上世屋海軍特設見張所探照灯兼指揮所発電機台座










窓の下にはコンクリートの台座があります。固定していたボルトの跡や排水溝があることから、発電機の台座と思われます。屋上の探照灯への電力を供給していたのでしょう。引渡目録にもディーゼル交流発電機と記されています。しかし、付近にあるはずの冷却用の水槽が見当たりませんでした。どこかに埋もれているのかもしれません。
この建物は探照灯と聴音施設を備えた指揮所と思われます。
15上世屋海軍特設見張所平坦地










探照灯施設を後にし、反対の北側の尾根へと向かいました。こちらにも米軍撮影の昭和22年の航空写真には何か施設が写っているのですが、何せ熊笹の茂り具合が酷く進むのも難儀するくらい。何とか丘陵上へと登ると、そこは掘りくぼめて整地した平坦地となっていました。
14上世屋海軍特設見張所切通し










平坦地の南側は大きな切通しとなっており、そのまま下の平坦地らしき一画に続いていました。(その下へ続く平坦地も熊笹で覆われており探索は不可)
丘陵を掘りくぼめ周りを土塁状にして防御している施設は砲台等で良く見られますが、上世屋海軍特設見張所には砲台は無かったはずなので何が置かれていたか分かりませんが、何か防御する必要のある重要な施設があったのかもしれません。

上世屋海軍特設見張所は今回の探索でも複数の遺構が良好に残されているのを確認できましたが、何せ熊笹などの下草に覆われている箇所や伐採して放置された樹木が転がってる状態。まだまだ埋もれている遺構は多数あると思われます。伐採などを行い未確認の遺構の詳細な調査がなされることを希望します。



besan2005 at 21:30|PermalinkComments(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック 京都府 | 旧軍遺構

2019年04月07日

京都市・辻商店取り壊し前の最後の内覧会レポ日記

1辻徳商店外観













2019年3月30日、京都市中京区の四条堀川角にある辻商店の旧店舗の内覧会に参加してきました。
2辻徳商店外観










辻商店は昭和3年に建てられた商店建築で、ロマネスク風の外観が特徴的な歴史的建造物でしたが、解体が決まり、それに合わせて最後の内覧会が開催されました。
3辻徳商店看板













辻商店のタイル製の看板。
4辻徳商店プレート










辻商店は「市民が選ぶ文化財」に選ばれてますが、残念ながら解体が決定しました。
6辻徳商店店舗室










玄関に入って最初の部屋の営業室。木製のカウンターも当時のままです。
7辻徳商店通り庭










営業室奥の通り庭。基本的に間取りは町屋ですが、建物は鉄筋コンクリートのようです。
10辻徳商店応接室










営業室の横の洋室。恐らく応接間として使われた部屋と思います。
8辻徳商店和室










営業室奥の和室。
瑞雲扁額







掲げられていた「瑞雲」の扁額。まぁ、そうなるな。
9辻徳商店坪庭










和室の屋には坪庭があり、右手側には倉もあります。
11辻徳商店分かれ階段










次に二階へ。1階から2階へ通じる階段の途中に2股に分かれる箇所が。こんな造りの階段って見たことないですね。
17辻徳商店2階洋室










まずは左手側の階段へ。そこは堀川通が見下ろせる洋室でした。事務室だったのでしょうか。カフェとかにすればオシャレな空間になると思いますが…。
12辻徳商店階段小窓










再び階段へ。小窓から差し込む光が良い雰囲気を出してました。
15辻徳商店2階










2階階段。
16辻徳商店2階廊下










そして2階廊下。階段と廊下は洋風で各部屋はそれぞれ独立し道線にはなっていないなど、洋館でありオフィス的な性格が見えてます。
18辻徳商店2階廊下側扉










廊下側の扉は洋風ですが…
18辻徳商店2階










部屋は完全に和室。床の間や違い棚まである書院造です。
24辻徳商店2階奥階段










先ほどの廊下の奥にはもう一つ階段がありました。
25辻徳商店2階奥段













親柱のデザインは統一されています。
13辻徳商店階段













再び最初の階段に戻り3階へ。
19辻徳商店3階階段










3階の階段室。
14辻徳商店階段










3階階段から階下を見下ろす。階段のこの空間って好きですね。
20辻徳商店3階洋室










3階洋室。
21辻徳商店3階和室










3階和室。ここは生活空間だったようですね。
22辻徳商店屋根裏部屋










3階の更に上には屋根裏部屋があり、そちらも見せてもらいました。鉄骨のトラスの小屋組みを見ることができ、戦前の建物の構造等がよく分かります。
23辻徳商店棟札













棟札も見せてもらいました。棟札には「昭和三年五月二十五日 願人 辻徳治郎 施行人 益井重成」とあります。貴重な資料だと思います。

残念ながら辻商店の建物は取り壊されますが、最後に内覧会という貴重な機会を設けて頂いたオーナー様他には感謝いたします。素晴らしい建物を堪能することが出来ました。


besan2005 at 11:34|PermalinkComments(1) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック 近代化遺産 | 商業施設
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