2020年08月

2020年08月23日

冠島旧軍遺構探索レポ日記

※記事中の写真の無断転載・無断使用は一切禁止します。

冠島は舞鶴市の沖合にある無人島で、オオミズナギドリの繁殖地として知られています。
大正13年に島全体が天然記念物に指定されて以来、オオミズナギドリの保護が行われ続け、島への上陸も厳しく制限されていましたが、戦前、戦中は軍が施設を建設しました。
現在もその時作られた照射聴音所・海軍仮設衛所・海軍特設見張所等の遺構が残っています。冠島へは葦谷砲台にあった28cm榴弾砲の移設も計画されていたようで、その移設の際に構築された遺構も残されていると思われます。現在、冠島は天然記念物であり、オオミズナギドリ繁殖地として保護されている島であり、一般人の上陸は禁止されています。今回は京都大学・環境省等のオオミズナギドリ定期生息調査に同行という形で冠島へと向かう事が出来ました。
今回の同行に関して、フォロワーさんのたまやさん(tamaya8901)によるお誘いで実現しました。
中々体験できない貴重な機会にお誘いいただき感謝しきりです。
水中処分母船1号










冠島へは海上自衛隊協力の下、支援船・水中処分母船1号(YDT-01)に乗せてもらい向かいます。
これも中々貴重な体験。海上自衛隊の体験航海には過去に何度か参加しましたが、昨今は年齢制限があるうえ、倍率も20倍近くになるというほぼ参加不可能な状態。この水中処分母船1号の航海は海上自衛隊の体験航海以来6年ぶりかも。水中処分母船に乗ること自体、私は今回が初めてでした。
水中処分母船1号内部1










水中処分母船1号内部2










出航まで内部を探索。300トンの小さい船なので、護衛艦みたいな広さはありませんが、一通りの設備は揃ってます。
水中処分母船1号内部3










この日は金曜日なのでカレーの日。美味しそうな匂いが調理室から・・・
護岸










水中処分隊の敷地内に残る石積の護岸。明治30年代の鎮守府整備の際に築かれたものの1つで、普段は入れない敷地内の遺構だけに見る機会がほぼ無いもの。
蛇島










出航後、しばらくして見えてきた蛇島。ここには旧海軍のガソリン庫のトンネル状の地下倉庫が残されています。
蛇島クレーン台座










蛇島に残る荷揚げ用のクレーンの台座が見えました。一般公開を目指して調整中らしいので、その際は是非参加したいものです。
冠島










出航から2時間あまり、今回の目的地である冠島が見えてきました。
ボート降ろし










上陸のためのゴムボートを下ろします。
冠島へ2







冠島へ1







冠島へはゴムボートで向かいます。ボートの縁に腰かけて向かう感じの中々迫力ある体験でした。
冠島上陸













冠島に上陸。大正13年の天然記念物指定の際に建てられた「天然記念物おほみづなぎどり繁殖地」
の大きな石碑があります。
与えられた時間は1時間半。山上にある冠島海軍特設見張所の遺構はとても無理と分かり、残念ではありましたが、冠島海軍特設見張所の遺構は断念。麓に点在する遺構を探索することに。
冠島遺構配置図







今回の探索により確認した遺構は配置図にある分となります。位置はだいたいの場所。
桟橋跡1










まず最初は〇袈鏡廖
桟橋跡2










かなり波の浸食を受けています。コンクリートの質も良くないように見え、戦時中の構築の可能性があります。
コンクリート構造物










▲灰鵐リート構造物。骨材の砂利の割合が結構多いです。何かの基礎だったのでしょうか。
海底線引揚室1










3つ貔引揚室。海底ケーブルを巻き上げる施設。
海底線引揚室1内部1










内部の様子。
海底線引揚室1内部2













内部には溝状の物がありました。
海底線引揚室2










の海底線引揚室の少し離れた場所にあるい粒つ貔引揚室。
この冠島の海底線引揚室に関しては、アジア歴史資料センターのHPに資料があり、今回探索した遺構の中で唯一資料による裏付けができ判明した遺構です。
アジ歴資料1













アジア歴史資料センター所蔵、「官房機密第1898号 9.8.18 大島(冠島)海軍用地の1部使用に関する件」(コード・C05023807300)より引用。資料によれば、昭和9年に陸軍築城本部が海底線引揚室建設のため、海軍省所轄地となっている冠島の敷地の一部を永久無償使用したいといった内容です。
アジ歴資料2









同資料より引用。海底線引揚室の建設予定地の図面です。やや灰色に着色されている冠島の麓の平地部分は海軍省所轄地で、後に冠島海軍特設見張所が建設された際、尾根部分も海軍省の用地となったと思われますが、冠島の大部分は民有地もしくは公有地で、軍の所轄外だったようです。となると、冠島の中に軍の境界杭があると思われるのですが、確認することは出来ませんでした。
老人嶋神社










島の神社である老人嶋神社。この神社から平地の森の中へ入るといくつかの遺構が残されています。

オオミズナギドリの巣










神社の敷地にあるオオミズナギドリの巣。オオミズナギドリは地面に穴を掘って営巣します。踏み抜かないように決められた場所を歩きます。
貯水槽










ッ水槽。スタッフと比べたら分かる通り、そこそこ大きさがあります。貯水槽は丁寧な造りで、コンクリートの躯体の上に化粧モルタルで仕上げています。戦前の海軍関連の施設は大抵こういう造りで、先ほど見た海底線引揚室の造りも同様です。恐らく、海底線引揚室と同時期かと思われます。規模的に発電施設の冷却用の貯水槽の可能性がありますが、周囲にそれらしき遺構は見当たらず不明です。
砲座跡か










λず太廚隼廚錣譴觀γ蓮Jかりづらいですが、ここだけ2ヵ所すり鉢状に窪んでおり、可能性も考えて記載しました。
コンクリート台座1










Д灰鵐リート台座。この一帯は遺構が固まっており、それなりの施設があったと思われます。このコンクリート台座に関しては用途は不明。
コンクリート基礎建物跡







┘灰鵐リート基礎建物跡。Г琉箙修里垢偉戮砲△蠅泙后E腓砲△覺歙个鮴僂濔紊押△修両紊縫灰鵐リートを貼り基礎としています。大きさ的に兵舎などの居住施設ではないように思えますが、何せ裏付ける資料がないので何の建物だったのか不明です。
炊事場跡か










炊事場と思われる遺構。流し台のような水槽状のものがあるため、炊事場としましたが、これも断定はできません。不明ばかりで申し訳ないですが。

冠島の旧軍遺構探索は多くの制約と持ち時間の少なさで正直不完全燃焼といった結果でした。特に多くの遺構か残り、ある程度遺構の詳細が分かっている山上の冠島海軍特設見張所を確認出来なかったのが残念至極といった感じですが、本来は上陸が禁止され、そのためほとんど報告の無い冠島の旧軍遺構、少しでも確認でき記録できたのは成果だったかなと思っています。


besan2005 at 08:23|PermalinkComments(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック 京都府 | 旧軍遺構
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