2022年02月

2022年02月13日

兵庫県加西市・青野原陸軍演習場大門廠舎遺構探索レポ日記

3年前に探索した兵庫県加西市にある青野原陸軍演習場大門演習廠舎遺構のレポ日記です。
大門演習廠舎絵葉書ブログ用









※昭和10年代頃の大門演習廠舎正門。
青野原陸軍演習場大門演習廠舎は明治32年に開設した青野原陸軍演習場の宿舎等の施設として完成しました。姫路にあった陸軍第10師団所属部隊の演習場として使用され、戦後、青野原陸軍演習場は陸上自衛隊青野ヶ原演習場として引き継がれますが、大門演習廠舎は引揚者や戦災者の住居として使用され、現在は住宅地となっていますが、大門演習廠舎時代の建物等が今でも残されています。
※参照サイト・大日本者神國也 青野原陸軍演習場大門陸軍演習廠舎
大門廠舎位置図










今回探索した遺構の位置図。この位置図に沿って紹介していきます。

1.廠舎建物か










‐骸坊物。正門に一番近い場所にある平屋の建物。
2.廠舎建物か










背面。
IMG_5237










当時の正門部分から。
大門演習廠舎絵葉書ブログ用









昭和10年代頃の大門演習廠舎正門。左端に,隼廚錣譴觀物が写ってます。
2.廠舎建物付属屋










付属屋と思われる建物。
,鉢△2022年2月現在、取り壊され建っていた場所は更地となっています。

3.主官舎(演習場管理人宿舎)










主官舎。青野原陸軍演習場の管理人が住んでいた建物。退役将校が任務にあたったようです。
4.主官舎










横から。玄関部分は洋館で、他の廠舎とは一線を画します。演習場へ来た高級将校を招く応接的な面もあったのかもしれません。

5.廠舎建物か










ぞ骸坊物。下士官兵が寝起きする廠舎は長屋型で真ん中に通路があり間仕切りの無い建物ですが(イメージ的には座禅を組む禅堂みたいな感じ)、この建物は一軒家の造りなので将校用だったのでしょうか。
6.廠舎建物か










背面。

7.廠舎建物か










ゾ骸坊物。
8.廠舎建物内部










廃墟状態で入口から内部が確認できました。こちらは下士官兵用でしょうか。

10.廠舎建物か (2)










廠舎建物。現在は作業場。大きさ的に倉庫とかだったのでしょうか。

9.廠舎建物か










Ь骸坊物。現在は民家として使用されています。

11.廠舎建物










12.廠舎建物










┥骸坊物。当時の雰囲気を良く残す建物。現在は焼肉屋さんとなってますが、内部には当時の銃架が残されているそうです。

13.井戸跡










井戸跡。かつては覆屋があったものと思われます。

14.貯水槽跡










貯水槽。コンクリート製の大きなもの。現在は薮に覆われていて見づらいです。ちなみにこの先は演習場の敷地となるため入れません。

15.馬用水桶










馬水桶1。ここには軍馬を管理する厩舎があり、当時のコンクリート製の馬水桶が残されています。これは南側の馬水桶。

16.馬用水桶










馬水桶2。北側の馬水桶。と違いこちらはゴミが置かれておらず観察しやすいです。
18.馬用水桶










真横から。
17.馬用水桶













アップ。とは形状が違います。

19.コンクリート基礎










コンクリート基礎の建物跡。何の建物があったかは不明。
このすぐ近くに便所跡があったのですが、失われてしまいました。

20.演習用塹壕か










演習陣地跡? 廠舎から少し離れた山裾に、土塁と塹壕みたいな長方形の穴が掘られている場所があります。

20.境界杭













陸軍境界杭。大門演習廠舎の周囲にはいくつか境界杭が残されています。これは南側にあるもの。

21.境界杭










偉Ψ涯界杭。川の側の畑の中、写真ではポリバケツの脇にあります。

22.陸軍境界杭













盈Ψ涯界杭。池の北側にあります。

23.陸軍境界杭













歌Ψ涯界杭。池の北側、流入路の側にあります。
その他、南西側にある神社の敷地内にもいくつかあるようですが、立ち入れなかったので確認できませんでした。

戦車第6連隊正門1










青野ヶ原演習場近くには、昭和15年に移駐した戦車第6連隊の正門が残されています。
戦車第6連隊正門2










向かって左側の門柱。
戦車第6連隊正門3










向かって右側の門柱。

青野ヶ原演習場の周囲には他にも姫路陸軍病院青野原分院の正門とか残されてましたが、私が訪問した時にはすでに撤去されていました。 

besan2005 at 10:33|PermalinkComments(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック 兵庫県 | 旧軍遺構

加古川市の近代建築探索レポ日記

加古川市の近代建築の探索をしてきました。
加古川市は日本毛織のお膝元の街で、日本毛織関連の近代建築が数多く残されているため、そちらを期待して向かいました。
まずは、解体か保存かで揺れている名建築へ。

1.旧加古川町公会堂 加古川町本町 昭和10年 置塩章







旧加古川町公会堂。加古川市加古川町本町。昭和10年。
2.旧加古川町公会堂







最近まで図書館として使用されていましたが、図書館移転により現在は閉鎖。現在、解体か保存かで揺れています。
3.旧加古川町公会堂







設計は置塩章。
P1090467










大阪城内にある大阪陸軍砲兵工廠化学分析場を設計した人物としても知られています。こちらも解体か保存で揺れてますね。
3.旧加古川町公会堂ステンドグラス







正面の窓にはステンドグラスがあります。内部の写真を見たら中々見事なもの。閉館前に行くべきだったなと後悔。なんとか保存活用して欲しいところですがどうなるか・・・。
旧加古川町公会堂を後にし周辺を回ります。

4.吉田邸 加古川町木村 







Y邸。加古川市加古川町木村。
5.吉田邸







玄関部分が可愛らしいです。

6.ROOM2 看板建築 加古川町寺家町







ROOM2。加古川市加古川町寺家町。看板建築の商家をカフェに改装したもの。この日は中には入りませんでしたが、ネットで内部の写真を見たら中々洒落た雰囲気でした。
ここから西へと向かいます。

7.由利邸 加古川町木村







Y邸。加古川市加古川町木村。煉瓦の煙突がある住宅ですが、戦前かどうかは微妙かも。

9.日本毛織木村町社宅郡







日本毛織木村町社宅群。加古川市加古川町木村。大正〜昭和初期。同じデザイン・規模の住宅が10棟ほど建ち並んでいます。
8.日本毛織木村町社宅郡 加古川町木村 大正〜昭和初期







主屋は和風ですが、塀は洋風で、玄関脇の出入り口がアーチになってる等、中々洒落た造りです。
10.日本毛織木村町社宅







ベランダのある裏側。
11.日本毛織木村町社宅







基礎は煉瓦造りで古さがあります。
12.日本毛織木村町社宅







ベランダの持ち送り。戦前の雰囲気を色濃く残す社宅群ですが、すでに全戸空家のようで、半数は半壊している廃墟状態。近いうちに姿を消すかもしれません。

13.日本毛織社宅か 加古川町木村







N邸。加古川市加古川町木村。社宅群の隣にある住宅。
14.日本毛織社宅か







主屋が新しく見えたのでどうかなと思いましたが、付属屋や塀が戦前っぽく見えたので一応抑えることに。もしかしたら主屋は外観をリフォームしただけかもしれませんし。

15.宝湯 加古川町本町







宝湯。加古川市加古川町本町。現在は廃業されているようです。

16.合名会社神田陶器商店 加古川町本町







合名会社神田陶器商店。加古川市加古川町本町。古くて大きい建物。
17.合名会社神田陶器商店







かつては倉庫だったのでしょうか。
18.合名会社神田陶器商店







入り口部分はアーチ。木の扉が良い雰囲気です。

19.神田家住宅洋館 加古川町 大正期













神田家住宅洋館。加古川市加古川町。大正期。国登録有形文化財。神田家は煉瓦やタイルなどの生産をしていたようで、先に紹介した合名会社神田陶器商店の経営者のお屋敷と思います。
20.神田家住宅洋館













玄関部分には国登録有形文化財のプレートがあります。

21.友藤たばこ店 加古川町本町







友藤たばこ店。加古川市加古川町本町。昔ながらのたばこ屋さん。たばこ屋さんを兼ねた雑貨店もほとんど見なくなりましたねぇ。

22.旧銭湯 加古川町本町







旧銭湯。加古川市加古川町本町。玄関に店名があるのですが、肝心の部分が消えてしまっており、銭湯名は分からず。

23.本町倶楽部 加古川町本町







本町倶楽部。加古川市加古川町本町。公民館ですね。
24.本町倶楽部







外観と造りからして昭和初期とかでしょうか。
25.本町倶楽部







玄関部分には立派な看板が。

26.日本毛織社宅郡 加古川町本町







次に日本毛織の社宅群エリアに入ります。ここは凄かった。

27.日本毛織社宅 加古川町本町 大正期







日本毛織社宅洋館。加古川市加古川町本町。大正期。
28.日本毛織社宅







立派な洋館を持つお屋敷。
29.日本毛織社宅







社宅で洋館が付属する建物はここだけです。偉いさんの官舎だったんでしょうか。
30.日本毛織社宅郡







33.日本毛織社宅郡







この界隈は当時の社宅群や工員宿舎が多く残されており、戦前の街並みがそのまま残っている状態。これ、ロケ地にもそのまま使えるのではと思えるくらいでした。

34.日本毛織社宅倶楽部1号舎 明治31年







日本毛織社宅倶楽部1号舎。加古川市加古川町本町。明治31年。アメリカンスタイルの素敵な洋館。
37.日本毛織社宅倶楽部1号舎







日本毛織の社員の倶楽部建物です。
36.日本毛織社宅1号舎













玄関部分に彫り物の装飾が置いてありました。
20220211_092917







玄関脇にあるゴミ捨て場。

37.日本毛織社宅倶楽部2号舎 明治44年







隣には日本毛織社宅倶楽部2号舎があります。明治44年築。
38.1号舎・2号舎







明治の洋館が並び建つ姿は圧巻です。
ここから加古川を渡りさらに西へ。

39.船頭公会堂 米田町







船頭公会堂。加古川市米田町。外観は改修されてますが、昭和初期くらいかなと思います。
40.船頭公会堂倉庫







敷地内にある下見板張りの倉庫。

41.日本毛織印南工場門衛所 米田町 大正8年







日本毛織印南工場門衛所。加古川市米田町。大正8年。
42.日本毛織印南工場







45.日本毛織印南工場







43.日本毛織印南工場







印南工場の敷地内には大正期の煉瓦建築が数多く残されています。
44.日本毛織印南工場













特にこの給水塔と思われる煉瓦の塔は遠くからでも目立つランドマーク的な建物。可能ならば敷地内をじっくり見学してみたいなぁ。

45.東平津公会堂 米田町







東平津公会堂。加古川市米田町。こちらも船頭公会堂と同じく昭和初期かなと。
この先にある井ノ口公会堂を見に行ったのですが、残念ながら新たな公会堂へと建て替えられてました。再び加古川を渡り東へ。

46.中国銀行加古川支店 加古川町粟津







中国銀行加古川支店。加古川市加古川町粟津。どこのサイトも取り上げてないので戦後の建物と思います。
47.中国銀行加古川支店







しかし、最近では少なくなった古典様式の銀行建築。たとえ戦後でも貴重かなと。私自身、古典様式の銀行建築は好きですし。仮に最近の建物だとしたらセンスいいですね。
1.中国銀行姫路支店 白銀町







そういえば、姫路市でも同じ中国銀行の古典様式の姫路支店を見ました。

48.貴伝名邸洋館 加古川町粟津







K邸洋館。加古川市加古川町粟津。大きなお屋敷に付属する洋館。
49.貴伝名邸洋館







ここのお屋敷に住まわれている方、かなり珍しい名前の方です。

50.大村株式会社 加古川町







大村株式会社。加古川市加古川町。
51.大村株式会社







煉瓦造の社屋があり、裏側は赤煉瓦ですが、表側はスクラッチタイル張りになってます。
52.大村株式会社







大正期くらいですかね。
53.大村株式会社







水路を挟んで同時期の建築と思われる大きな木造の倉庫があります。
最期に加古川駅方面へ。

54.准田土地住宅 加古川町篠原町 昭和初期







准田土地住宅。加古川市加古川町篠原町。習わ初期。ゴシック風の窓を持つ洋館付き建物。
55.准田土地住宅













軒周りの装飾も華やかです。
56.准田土地住宅







壁にはよく洋館の門扉や玄関にあるノック用に付けられた鉄輪を咥えたライオンと同じ装飾が。

57.旧日本毛織加古川工場6番倉庫 加古川町寺家町 大正11年 







旧日本毛織加古川工場6番倉庫。加古川市加古川町寺家町。大正11年。
58.旧日本毛織加古川工場6番倉庫







かつてこの一帯には日本毛織加古川工場の煉瓦建築がいくつも建っていましたが、再開発で取り壊され、現在はこの1棟のみ。加古川工場で最大の煉瓦建物だった6番倉庫は再活用されています。

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以上で加古川市の近代建築の探索終了。数年前より数は減ったものの、それでも数多くのレベルの高い近代建築が残されており、日本毛織のお膝元の街としての隆盛を感じ取ることが出来ました。


besan2005 at 07:59|PermalinkComments(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック 兵庫県 | 近代化遺産

2022年02月06日

加東市・小野市の近代建築探索レポ日記(内藤克雄作品を訪ねて)

兵庫県の加東市と小野市にある近代建築を探索してきました。特に今回は北播磨地域を中心に活躍し多くの作品を残した内藤克雄の作品を多く尋ねる形となりました。西脇市の近代建築探索でもいくつか内藤克雄作品を見たので気になってはいました。
実は3年前に加東市の旧社町の方を探索してましたが、今回はそれ以外の地区小野市を補完する形で探索。まずは3年前の旧社町での探索分。
33.旧加東郡公会堂 加東市社 大正元年










旧加東郡公会堂。加東市社。大正元年。
34.旧加東郡公会堂










大規模な近代和風建築です。
35.旧加東郡公会堂










現在は明治館という施設に(完成は大正ですがw)。中に入りたかったけど閉まってました。
IMG_5298










玄関部分。めちゃいい感じです。中を見たかったなぁ。

36.旧社町公会堂 加東市社 昭和17年










旧社町公会堂。加東市社。昭和7年。
37.旧社町公会堂










ちょっと奥まったところにあって全体を捉え難いですが、昭和初期らしい雰囲気の良い洋館です。
38.旧社町公会堂










背面。
38.旧社町公民館の猫










屋根の上に可愛い三毛猫ちゃんがいました。

39.旧内山医院










旧内山医院。加東市上滝野。明治40年。
39.旧内山医院 加東市上滝野 明治40年










軽自動車1台がやっと通れるような感じの狭い路地の中に突如現れる白亜の洋館。
40.旧内山医院










明治の洋館らしい瀟洒なたたずまい。
41.旧内山医院










正面玄関。現在は個人宅のようですが、末永く残ってほしいです。

ここから今回の探索分(2022年2月5日探索)
1.旧東播銀行大門支店 加東市大門 明治9年







旧東播磨銀行大門支店。加東市大門。明治29年。
2.旧東播銀行大門支店







旧陸軍の演習場の宿舎だった大門廠舎(3年前に探索したけど記事をまだ書いてなかった!近日中に書きます)の近くにある洋館。明治期の建物らしく装飾に富んだ建物。しかしいつも前に車が停まってるのが・・・。3年前もそうだったなぁ。

3.沢辺営農組合格納庫 加東市沢辺







沢辺営農組合格納庫。加東市沢辺。他サイト等では取り上げられてない新たに確認した建物。
4.沢辺営農組合格納庫







一部改装されてますが、おおむねオリジナルの雰囲気を残しています。
5.沢辺営農組合格納庫







背面。建物の感じから旧公会堂ではと思います。となると、この地域の公会堂をいくつか手掛けた内藤克雄の作品の可能性も。

6.中古瀬公民館 加東市中古瀬







中古瀬公民館。加東市中古瀬。こちらも他サイトでは取り上げられてない新たに確認した建物。
7.中古瀬公民館







今回一番の収穫かも。建物のデザイン・造り・基礎を見ても間違いなく戦前物件。
8.中古瀬公民館







全体のデザインを見ると、この後巡る内藤克雄設計の旧東古瀬公会堂や旧浄谷町公会堂とよく似ています。詳細不明ですが、内藤克雄の作品の可能性があります。しかし、これほどの近代建築、なんでどこの近代建築サイトもスルーしてるんだろ。隣の地区の旧東古瀬公会堂はどこも取り上げてるのに。

8.旧東古瀬公会堂 小野市東古瀬 昭和10年 設計・内藤克雄







旧東古瀬公会堂。加東市東古瀬。昭和10年。
9.旧東古瀬公会堂







設計は内藤克雄。当時の外観が良く残されています。現在も公民館として現役。
23.長濱良三商店 加東市新定 昭和初期







長濱良三商店。加東市新定。昭和初期。
24.長濱良三商店







小さな集落に突如現れる立派な洋館。これも内藤克雄の設計。
25.長濱良三商店







玄関の看板。

26.旧東条町役場 加東市天神 昭和9年







旧東条町役場。加東市天神。昭和9年。
27.旧東条町役場







現在は個人宅。羨ましいw こちらも内藤克雄の設計。加東市の昭和初期の近代建築は内藤克雄がほとんど手掛けたんじゃないかと思うくらいの多さです。

次に小野市へと入ります。
10.内藤克雄設計事務所 小野市久保木町 昭和10年







旧内藤建築設計事務所。小野市久保木町。昭和10年。
11.内藤克雄設計事務所







内藤克雄の事務所兼自宅として自身が設計し建てたもの。当時の立派な洋館が残されています。
12.内藤克雄設計事務所













現在も多分ご子孫の内藤さんがお住まい。北播磨の近代に貢献したご先祖様のかつての本拠地の洋館を今も大切に受け継いでいらっしゃいます。

13.旧浄谷町公会堂 小野市浄谷町 昭和8年 設計・内藤克雄







旧浄谷町公会堂。小野市浄谷町。昭和8年。
14.旧浄谷町公会堂







こちらも内藤克雄の設計。先に訪問した中古瀬公民館・東古瀬公民館とよく似たデザイン。特に今回新たに確認した中古瀬公民館とうり二つで、中古瀬公民館が内藤克雄の設計ではと推測した理由の一つです。

14.本町の看板建築 小野市本町







本町の看板建築。小野市本町。

15.本町の看板建築







地方の町でよく見かけるシャッター通りと化したアーケードの商店街の一角にひときわ目立つ建物。意匠を凝らした正面にステンドグラスの窓。かつては洒落たカフェだったのでしょうか。
16.本町の看板建築







軒の装飾。

20220205_101527







この建物のあるアーケード通りと化した商店街もすでにシャッター通りを通り越し、商店は歯抜け状に壊され、跡地には新たに普通の民家がいくつも建てられていました。地元の商店街もですが、もう商店街としての機能は消え失せ住宅街へと変わりつつも、撤去費用の問題でアーケードは老朽化したまま放置状態。かつては雨でも傘無しでショッピングができると期待されて作られたアーケードが今では邪魔者でしかない状態になっているのは何とも皮肉なものです。時代の流れに合わなくなった地方のアーケード商店街はこうして消滅していくことでしょうね。

17.天理教加東分教会 小野市西本町







天理教加東分教会。小野市西本町。他サイトでは取り上げてませんでしたが、気になったので紹介。
18.天理教加東分教会







大和屋根風の大きく目立つ屋根。
19.天理教加東分教会







側面。昭和10年代とかでしょうかねぇ。


20.旧小野小学校講堂 小野市西本町 昭和11年 内藤克雄







旧小野小学校講堂。小野市西本町。昭和11年。

21.旧小野小学校講堂







西脇市の国指定重要文化財の西脇小学校校舎(未訪問)と並ぶ内藤克雄の代表作。現在は小野好古館。

22.旧小野小学校掲揚台 昭和15年







現・小野小学校の敷地内には、同じく内藤克雄の設計である昭和15年の国旗掲揚台があります。門扉が閉まってたため望遠での撮影ですが。

加東市・小野市の近代建築探索は以上となります。両市の近代建築探索ははからずも内藤克雄の作品を巡る形となったため、内藤克雄という建築家に少し興味が出てきました。個人的な感想としては1つの様式に捕らわれず用途や要望に応じて様々なデザインを卒なくこなす器用な人だったのかなと感じました。(逆に言えば作品に氏の個性があまり見受けられない・・・)
ともあれ、多くの内藤克雄の作品を見ることができた有意義な探索となりました。それに大物と言っていい新たな発見もありましたし満足な探索でした。

※余談。
28.廃墟カフェ 三田市四ツ辻 昭和26年







探索の帰りに気になってたカフェへ。兵庫県三田市の郊外にある、昭和26年築の旧医院を改装した「廃墟カフェ〜RUINS」へ。
29.廃墟カフェ







戦後建築ですが、中々良い雰囲気。外観はあえて改装せず古びた感じを残しています。
32.廃墟カフェ







元の玄関に残る大久保医院の看板。元々は本庄診療所という名前だったようです。

30.廃墟カフェ







内部はレトロでオシャレな感じに改装されています。
31.廃墟カフェ







柱に残る診察室の札。
FKzZ0AvakAQvQ6b







この日はオムライスを頂きました。卵を泡だて器で泡立て焼いた感じのようで、一風変わったオムライスでしたが、デミグラスソースを良くマッチした美味しさでした。

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