2005年08月29日

高瀬川と高瀬舟

高瀬川

京都の繁華街、木屋町沿いに流れる運河「高瀬川」
今から400年前、豪商・角倉了以によって京都の水運目的で
開かれた運河です。
奥に見えるのは、復元された「高瀬舟」明治の文豪、森鴎外の小説にも描かれた
運搬用の小船です。

高瀬川と高瀬舟

現在は水深もぐっと浅くなり、水運としての機能は失い、
観光の名所として役に立っているようです。
そして、川の中には多くの小魚が。
時代が変わっても、用途が変わっても、
魚たちだけはそ知らぬ顔で泳ぎ続けるだけ。

besan2005 at 20:00│Comments(10)TrackBack(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック (旧版)その他 

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この記事へのコメント

1. Posted by きつね   2005年08月29日 21:20
きれいな場所ですね〜。
これだけ水の退いてしまった水路にもお魚がいるんですね。
2. Posted by べーさん   2005年08月30日 06:41
>>きつねさん

だいぶ浅いですが、ちゃんと流れもありますからね。
ちなみに左に柵がありますが、その奥は堀状に続いていて
かつての船だまりになっていたところでした。
「一之舟入」といいます。
3. Posted by きつね   2005年08月30日 21:31
雨などで水量が多いと、もう少し水面が上がるのかな?
でも、見た目もいいし、場所としてはいいですよね〜。
4. Posted by べーさん   2005年08月30日 21:47
>>きつねさん

実は、もっと風情のあるいいアングルがあるので
そこから撮りたかったんですが、
川の中に、プロのカメラマンらしき人がごついカメラ置いて
撮影してましたので、撮れませんでした。
ばっちりその人が映っちゃうから。
近いうちにそのアングルから撮ってみて差し替えてみます。
5. Posted by べーさん   2005年08月30日 21:52
ちなみに明治中期頃は、明治の政財界の別邸が建ち並び、
庭園の水は高瀬川から引いていました。
明治後期に南禅寺近辺に琵琶湖疎水完成と共にそちらに
別邸群が移動するまでは、この近辺は立派なお屋敷が
建ち並んでました。現在は2ヶ所残っていますが、
(うち一つが山県有朋の別邸)
いまでも現存する庭園の水は高瀬川から引いてますので、
池の中に川魚が泳いでます。

勝手にリンク張り。
http://agua.jpn.org/tour/t3.html
6. Posted by きつね   2005年08月30日 22:37
今の写真もいい写真なので、是非差し替えでなくて、追加で。
明治頃の建築は風情があっていいですね。

ちなみに、うちの舎弟が建築士です。
7. Posted by きつね   2005年08月31日 21:52
おお。いい絵ですね〜。
8. Posted by べーさん   2005年08月31日 22:36
>>きつねさん

奥の方に橋がかかっているのがわかりますでしょうか?
この橋のすぐ先に「廣誠院」という明治の有力者の別邸が
残っています。今はお寺が所有してますが。
庭とかも残っていて素敵なんですが、この廣誠院の漆喰塀と
石橋風の橋が映り込んでいる写真がとても素敵で
よくポスターにも使われているのですが、
そのアングルを撮るためには、川の中に入らないと撮れない事がわかり
なんか中途半端な写真になってしまいました・・・
9. Posted by きつね   2005年08月31日 22:58
>>べーさん

十分風情ありますよ。
そんな訳で、風情ある川&池の探索レポもお願いしますね。
こんな所でお魚キラー設置すると、こんな魚種が確認できましたと。

無茶行ってすんまそ。冗談です。
10. Posted by べーさん   2005年09月01日 00:05
>>風情ある川&池の探索レポもお願いしますね。

了解しました。カメラはいつも持ち歩いていますので
気になる場所があれば紹介します。

>>こんな所でお魚キラー設置すると、こんな魚種が確認できましたと。

出来る場所であればw

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