2006年09月01日

「戦争遺跡」という名称についての問題提起

軍事遺産を歩く









現在も日本各地に忘れ形見のように点在する旧陸海軍の施設。現在その旧軍の建物や
施設、遺構など「戦争遺跡」という名称で呼ばれ、各地で調査や見学会などが
盛んに行われるようになりました。関連する書籍も多く出版され、「戦争遺跡」で
検索するとかなりの数がヒットします。紹介するこの本「軍事遺産を歩く」も各地の「戦争遺跡」
を紹介した一冊なのですが、この本では「戦争遺跡」という語句を使用せず「軍事遺産」という語句を使用しています。何故、「軍事遺産」なのか・・・?
それには作者の持つ強いこだわりと「戦争遺跡」という名称への疑問があるのです。

何故「戦争遺跡」ではなく、「軍事遺産」なのか。その答えは作者の方があとがきに
理由を述べています。

「この本では戦争遺跡という言葉を使わなかった。なぜか。戦争遺跡と聞いて、
普通思い浮かべるのは、戦場跡(戦跡)か空襲跡(戦災跡)など直接戦禍を被った
痕跡だろう。ところが最近では、戦争遺跡という言葉の意味するところが限りなく
拡大され、平時に建設・整備した官がや演習施設、堰堤や浄水場、病院、ドックに
至るまで、軍部が関わったというだけで戦争遺跡というレッテルが貼られてしまっている。学問用語の定義としては、曖昧で不適切ではないか。そう感じたのである。
むしろ軍事組織が関わった遺跡・遺構についても、近代化遺産のカテゴリーの中に
きちんと位置づけられるべきだと思ったのだ。」


私も趣味の片手間とはいえ、近代建築や近代化遺産を個人的に調べている者として、
「戦争遺跡」という名称について常に疑問を持ち続けていました。確かに機銃掃射や
空襲の跡の残る遺構は「戦争」の爪あとを残す「遺跡」だろう。しかし、平時に
建設され、戦争前に廃止となった要塞等の遺構は果たして「戦争遺跡」なのか?
また、師団司令部や偕行社、鎮守府庁舎や水交社や長官官舎。軍の煉瓦の倉庫や
各工廠の建物などは優れた近代建築として文化財指定されているものも多いのに、
「戦争遺跡」として扱っている書籍の多くは、「近代建築」「近代化遺産」として
の評価はほとんど無く、「負の遺産」としての扱いばかり。
その釈然としない
「戦争遺跡」というカテゴリに対してこの著者の方は見事、私の持っていた疑問を
そのまま書いていただけました。

近代化遺産を調べるに当り必ず旧陸海軍の建物や遺構にめぐり合うので、
「戦争遺跡」を取り上げた書籍を探すのですが、大抵というかほとんどの本が
旧軍の遺構を全て「負の遺産」と位置づけ、その一面しか扱わず、内容的にも
一定の思想に偏ったものばかりで辟易していたのですが(調査自体はしっかりして
使える本は多いです)この「軍事遺産を歩く」という本に出会い、ようやく
私の求めていた本に出会えた。そんな思いがいたしました。

また、著者の方は前書きにこう書かれてもいます。

「軍隊を否定したい気持ちは理解できなくもないが、だからといって、明治維新から敗戦までの七十余年間、軍部が日本の近代化を推進した強力な機関であった事実まで否定することは出来ない。人材の教育はもとより、工廠、堰堤、浄水場、ドック倉庫、送信所、鉱業所、運河・・・各地に軍が建設した工業施設やインフラ整備は
大変な数にのぼる。陸海軍が直接関与しなかった事業においても、軍という触媒
抜きにしては、日本の近代化を語ることは出来ない。たとえば、鉄道の急速な発展
や国有化ひとつとっても、明治後期までになぜ日本中に鉄道網が張り巡らされたのか。こうしたことも、有事の際すみやかに兵士や物資を大量動員・輸送するという
軍事的な側面を抜きにしては説明がつかないのである。」


近代化と軍事とは切っても切れない関係。それは戦前の日本だけでなく、世界各国、
いや現代でも続くことなのです。軍事技術というのはいつの時代もその当時の最先端
技術を投入され、残された軍事施設や兵器類はその時代の技術史・産業史を語る上で欠かせない存在なのですが、「戦争遺跡」という言葉が独り歩きしている現在、
それらの軍事遺産を近代化遺産や産業遺産、技術史・産業史の資料という側面で
評価することがほとんど行われてません。例えば横須賀の「記念艦・三笠」は
世界で唯一残る前ド級戦艦で、イギリスからは「海事遺産賞」を送られるほど
造船史、海運史的に貴重な資料なのですが、国内ではそういう評価はほとんどされてません。他の蒸気機関車やスチームハンマーなどの「兵器」ではないものに関しては文化財に指定されていたりしているのに。それは三笠だけでなく日本に残る旧軍の兵器類にも言えることだと思います。そのことから見てもやはり軍事関係においては
「負の遺産」という面ばかり強調され、技術史・産業史という側面から見ることが
出来ないという現状が見て取れます。

この著者の方は、戦争賛美や懐古的な旧軍賛美をしているわけではありません。
一定の思想に捉われず、「戦争遺跡」という名称で全ての旧軍の施設をひとくくりにして「負の遺産」という一面だけの評価をせず、旧軍の施設・遺構を正しい名称で学術的にしっかり分類し、さらには「負の遺産」という一面だけの評価でなく、
日本の近代化に深く関わったものとして、近代化遺産、技術史、産業史の面からも
評価すべきだと述べられているのです。私もこの著者の意見に大いに賛同し、
いつか旧軍の遺構が多方面から研究・評価された本が増えることを期待します。

余談ですが、近代の食文化についても軍と深く関わったりしていたりします。
カレーライスなどはその典型で、軍隊内や艦内でその味と料理法を覚えた兵士が
除隊して郷里に帰ったときに料理法を伝えたことにより広まったとされてますし、
肉じゃがなんかは呉と舞鶴が争っているあのエピソードで有名ですね。

besan2005 at 21:30│Comments(2) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック (旧版)近代化遺産 

この記事へのコメント

1. Posted by まこと   2006年09月02日 01:51
僕の友人、八巻氏がやってるHPです。

http://www1.neweb.ne.jp/wa/yamaki/

彼は「戦争遺跡」という言葉を使っていますが、思うところは同じだと思いますのでご紹介を。

2. Posted by べーさん   2006年09月02日 08:36
>>まこと氏
八巻さんは隼人町の調査員さんの紹介でお会いしたことあります。
鹿児島空港近くの司令部を案内していただいたことありますね。冊子も頂きました。
てか、八巻さんのリンク集に私のHPがw

八巻さんは「戦争遺跡」という名称を使用しておられますが、純粋に近代化遺産としての旧軍の遺跡・遺産という位置づけをされていますので、うれしい限りです。調査・研究も私などより何倍もしっかりされていますので、大変参考になる資料ばかりです。
八巻さんのHPには幾度もお世話になってます。

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