2018年04月14日

東舞鶴の近代建築・宮津市三枚橋橋梁レポ日記

4月11日に舞鶴に予定があり、そのついでに東舞鶴地区でまだ未見だった近代建築の洋館住宅を探索してきました。舞鶴はしょっちゅう行ってますが、ある時見た近代建築を取り上げた某ブログでまだ見たことが無い質の高い洋館が紹介されているのを見て、是非見に行きたいと思っていました。
場所は市役所より東の東舞鶴の市街地。

野村邸2













N邸。舞鶴市市場。大正から昭和初期と推定される立派な洋館です。
2階にはベランダの跡らしきものが見えます。
野村邸3













背面から撮影。表側はタイル張りで装飾的ですが、裏側はタイルは張られず簡素になってます。
野村邸4










玄関部分。洋館に付属する形で同じ様式で造られています。
N邸洋館は割と分かりやすい場所に建ってますが、舞鶴市発行の「舞鶴の近代化遺産」にも「京都府近代化遺産調査報告書」にも記載されておらず、具体的な建築年は不明ですが、どう見ても戦前の洋館。これだけの建物がリストに記載されていないのが不思議。

市場の洋館1










先ほどのN邸のすぐ近くにある建物。外観はだいぶ改造され最近の建物に見えますが、
市場の洋館2










軒周り部分はオリジナルの形で残され、それを見ると結構古そうに見えます。

高橋邸1・舞鶴市溝尻













T邸。舞鶴市溝尻。こちらも大正から昭和初期と思われます。
高橋邸2










横から撮影。
高橋邸3













反対側から。童話に出てきそうな洋館です。この建物もリストに記載はなし。

上島邸1・舞鶴市浜













U邸。舞鶴市浜。この洋館もリストに記載はないですが、大正〜昭和初期の建物に見えます。
上島邸













割と背の高い洋館。
これらの洋館は上記の通り近代化遺産調査報告書に掲載がされておらず、今まで知らずにいた結果となってました。何故取り上げられてないんだろう。リストには個人宅も載せられているからプライバシー云々が理由ではないと思うが。でも、どう見ても戦前物件にしか見えないしなぁ。

舞鶴市溝尻の元銀行










千歳橋の側にある古い建物。舞鶴市溝尻。この建物は20年近く前に見かけた記憶があるんですが、その頃から廃墟だった記憶があり、まさかまだ残っていたとは思いませんでした。窓に分銅のマークが付けられているので、かつては銀行だったみたいです。

三枚橋橋梁1













舞鶴を離れ、宮津市へ。向かった先は宮津市由良地区と栗田地区の間にある「三枚橋橋梁」
三枚橋橋梁2













大正13年開業の際のもので、切石積みの高い橋脚が目を引きます。
三枚橋橋梁3










鉄橋部分も恐らく当時の物。
三枚橋橋梁001













この鉄橋を見に来たのは、最近、大正末期から昭和初期に作られたこの鉄橋の絵葉書を入手したため。
100年近く前に写された絵葉書の鉄橋と変わらぬ姿で実際に見れる感動。
三枚橋橋梁の記事は、私が運営するブログ「まちかどの西洋館・古写真・古絵葉書展示室」の
古絵葉書・宮津 三枚橋橋梁
にて書いてますので、良ければ。

P1110338










今回、舞鶴に来た理由は、北吸桟橋に停泊している練習艦隊のレセプションパーティーに招待されたため。会場となる練習艦かしま。
レセプション船盛







P1110396










P1110394










舞鶴スイカ







会場に置かれた料理は思った以上に豪華でした。これらは全て、かしまの給養員による手作りのもの。
かしま夜景1







かしま夜景2







電飾された「かしま」は美しいものでした。日没後は桟橋に入れないから、間近で電飾された艦を見れるのはこういう機会しか。
赤煉瓦倉庫夜景1










ライトアップされた舞鶴赤レンガ倉庫は幻想的な美しさでした。この度は招待いただきありがとうございました。



besan2005 at 08:46│Comments(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック 京都府 | 近代化遺産

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