2019年01月06日

福知山・旧工兵第十大隊境界石レポ日記

2018年の年末から年明けの旧軍遺構探索レポ日記の最後は、福知山工兵第十大隊の背後の山中にある陸軍境界石のレポ日記といたします。
陸軍省所轄地境界石位置







境界石の位置関係。かつて工兵第十大隊の敷地だった場所にある福知山成美高校の背後の山中に残されていました。ここの山中を探索した理由ですが…・
9福知山陸軍演習陣地煉瓦壁










以前ツイッターで「工兵の演習陣地」が残されているという情報を知り、この遺構を全く知らなかった私は興味を引かれ、是非探索してみたいと思い工兵の演習陣地なら背後の山中にあるのだろうと想定をして向かったのでした。
・・・結局この工兵の演習陣地はここには無く、全く別の場所にあったわけですか。
改めて情報の発信元の方に凡その場所を教えてもらい、年明け1月2日に無事探索することが出来ました。その時の探索レポ日記を書いてますのでリンクを貼っておきます。

福知山市・陸軍演習陣地跡探索レポ日記

演習陣地は要塞に見立てた煉瓦の壁だけでなく演習用陣地としての土塁や空堀を備えた見事な遺構で貴重なものと思われました。

さて、その演習陣地を求めて福知山成美高校の山中に入ったわけですが、目当ての物は全く別の場所だったので当然見つけられなかったものの、副産物的に陸軍境界石を3つほど確認することが出来ました。
15工兵第十大隊境界石













1つめ。「陸軍省所轄地」の文字が刻まれた境界石。「地」の部分が埋もれています。
16工兵第十大隊境界石













2つめ。こちらも「陸軍省所轄地」の文字。同じタイプ。
17工兵第十大隊境界石










3つめ。こちらも同じタイプ。倒れ掛かってます。
これら3つの境界石はだいたい数十メートル間隔で並んでおり、現位置を保った貴重なものだと思われます。
旧工兵第十大隊の境界石はいつも参考にさせてもらっているサイトによると、この「陸軍省所轄地」の境界石の他に「陸境」の文字のもあるようです。その辺はまたいずれ。

工兵第十大隊は大正14年に宇垣軍縮で岡山に移駐し、工兵大隊跡の建物は長田野に演習に来た部隊の演習廠舎となり大阪の第四師団の管轄下となります。
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祖父の軍人日記(昭和14年9月21日)にも「工兵営から(演習に来ていた)歩兵七十連隊(篠山連隊)が行軍してきた」とあります。
14工兵第十大隊兵舎










戦後、現在の福知山成美高校に払い下げられますが、現在も兵舎の一部や将校集会所と思われる建物が残されています。
工兵第十大隊営門001








かつては福知山成美高校のグラウンドの北側、JR官舎の側に北門と思われる煉瓦の営門の門柱がありました。今回10数年ぶりに確認しましたが、一帯が再整備されたせいか、門柱も失われていました。
実は私が中学生の頃、まだ福知山商業高校時代に受験で入ったことあるのですが、その当時はまだ大隊本部が残されており、内部も階段の手すりや室内がほぼ旧軍時代のままだったのを覚えています。今にして思うと少しでも写真を撮っておけばよかったなと悔やむばかりですね。


besan2005 at 07:22│Comments(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック 旧軍遺構 | 京都府

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