2019年11月19日

鈴鹿海軍工廠関分工場遺構探索レポ日記(地下工場編)

鈴鹿海軍工廠関分工場遺構配置図2












先日探索した鈴鹿海軍工廠関分工場の地下工場編です。
関分工場は空襲の激しくなりつつあった昭和20年1月に鈴鹿海軍工廠の工場機能のいくつかを5か所に疎開させることに決定。そのうちの1つが三重県亀山市関の関分工場です。
関分工場は観音山に掘られた地下壕に工場機能を移した地下工場で、地下壕を構築した鈴鹿海軍工廠の疎開工場は関分工場と高山分工場でした。
※鈴鹿海軍工廠遺構群探索レポ日記
※鈴鹿海軍工廠高山地下工場・地下壕探索レポ日記
前回は関分工場の遺構のうち、地上部分に残る遺構群の探索レポ日記を紹介しましたが、
※鈴鹿海軍工廠関分工場遺構群探索レポ日記(地上遺構編)
今回は有名な地下工場の地下壕群のレポ日記です。
なお、今回の探索にあたっていつもお世話になっている藎忠報國様(ブログ・大日本者神國也)からの情報と提供された資料を参考にさせていただきました。ありがとうございました。
関分工場地下壕配置図











鈴鹿海軍工廠関分工場地下壕配置図。今回私が確認した地下壕です。藎忠報國様の資料やほかの方のレポを見ると確認できてない地下壕もあり、特に西側の谷へと抜けている反対側の入り口はほぼ確認できず。草ボーボーでしたからねぇ。あと、各地下壕は横穴で繋がっているようですが、入って確認したわけじゃないので(入口から確認できたものもあり)今回は明記していません。
40地下壕群遠景










地下壕群は観音山テニスコートの北の道路から東へ進んだ交差点の北へ延びる道の両側にあります。
41地下壕1










地下壕 J頂燭気譴晋園の裏にある地下壕。入口はコンクリートで固められています。公園自体がフェンスで囲まれてしまっているため入口にすら近寄れず。
42地下壕2入口










地下壕入口。
43地下壕2内部










地下壕内部。地下壕自体は厳重に封鎖されているので中には入れませんが、入り口から内部の様子は伺えます。この時のために用意した3500ルーメンのライトが役に立つww
地下壕△呂靴辰りしたコンクリート造で崩落もなし。恐らく地下壕,汎韻犬最初期に造られた壕だと思います。
44地下壕3入口










地下壕F口。ここから入口部分が素掘りに・・・
45地下壕3内部










内部は手前側の腰部のみコンクリートが残されています。奥は素掘りです。コンクリートの瓦礫が見当たらないので奥は最初から素掘りだったのかもしれません。支保工無しとは危険すぎる…
46地下壕4入口










地下壕て口。地下壕0聞漾入り口は全て素掘りです。
47地下壕4内部










地下壕て睇堯こちらは奥の方は天井までコンクリートが残されていますが、手前側は腰部しかありません。崩落してしまったようです。
48地下壕5入口










地下壕テ口。
49地下壕5内部1










地下壕テ睇堯手前の鉄柵扉のせいで光が奥まで届かない…。コンクリートは巻いてたようですが崩落しています。それにしてもコンクリートが薄い。物資不足の戦争末期とはいえこんなお粗末なコンクリート巻きではアーチにしても持たないでしょう。コンクリートの質も悪かっただろうしそりゃ崩落しますわ。内部に入ってのレポをされているサイトを見たことありますが、危険極まりない行為かと。
51地下壕6入口










地下壕ζ口。やや斜めになっている入口です。
52地下壕6内部










地下壕ζ睇堯こちらも同様にコンクリート巻きの崩落が激しい。
53地下壕7入口










地下壕入口。
54地下壕7コンクリート










地下壕Г瞭り口手前には大きなコンクリートの残骸がありました。
55地下壕7内部










地下壕内部。手前側の崩落がひどいですが、奥の方は比較的保たれています。
56地下壕8










地下壕入口。かなり上の方にあり足場的に危険と判断したため道路からの遠景のみ。
57地下壕9入口










地下壕入口。
58地下壕9内部










地下壕内部。ここはコンクリートは巻かれておらず素掘りのままでした。しかしコンクリート巻きの他の壕より崩落が少ないのは皮肉。
59地下壕10入口










地下壕入口。
60地下壕10内部










地下壕内部。こちらも素掘りですが崩落はほとんどなく、両側の排水溝も確認できるくらい状態が良いです。岩盤の質にもよるでしょうけど質の悪いコンクリートをく薄くり巻くより丈夫なのかも。それでも支保工無しは怖い…
61地下壕11










地下壕入口。ここも結構上にあり登るのは危険と判断し道路からの遠景撮影。恐らく地下壕・と同じく素掘りと思われます。
62地下壕A










次に西側の谷の道路へ。地下壕A入口。恐らく地下壕の西口かと。このほかにも東側に入口を開けている地下壕の西口がいくつもあるようですが、前述の通り草で覆われ確認できず。
63未成地下壕1










地下壕Aのある道路の崖下には作りかけの地下壕が3つあります。これは未成地下壕 
64未成地下壕2










未成地下壕
65未成地下壕3入口










未成地下壕F口
66未成地下壕3内部










未成地下壕F睇堯A之,蠅覇口から4~5mまで掘られていました。

鈴鹿海軍工廠関分工場の地下工場は掘られた15本の地下壕のうち2本の地下壕で機銃を生産し2本に旋盤が置かれたとのことで、ほとんどが未完成もしくは使われなかったようです。高山分工場の地下壕もですが、工事が開始されたときはもう遅かったんでしょうね・・・。



besan2005 at 19:24│Comments(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック 三重県 | 旧軍遺構

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