2019年11月27日

京都市・二条〜西院〜壬生・大宮界隈の近代建築探索レポ日記

7月に京都市内の二条から西院・壬生・大宮界隈の近代建築を探索してきました。
探索ルート








今回の探索ルート。サムネでは表示がおかしいですが、クリックして拡大するとちゃんと表示されるはず。地図上の番号は探索した以下の建物の番号と付随。年代の記載のある物件は「京都市近代化遺産調査報告書」掲載の物件です。
探索は二条駅からスタートし、まずは北へ。
1洋風住宅 西ノ京内畑町










\哨竜内畑町の町屋に洋館が付いた感じの住宅。
2西植司法書士事務所 西ノ京内畑町










△垢斡瓩の事務所建物。
ここから西へと向かいます。
3田村製作所 西ノ京東中合町










E賃疾什扈蝓西ノ京東中合町。大通りに近いめっちゃ街中にこんな古い木造の工場事務所建築があるとは…
4田村製作所










門も当時のものが残されていますが、結構古く感じます。戦前くらいはあるでしょうか?
さらに西へ。
5島津製作所E31棟 西ノ京西中合町 昭和12年










づ臘点什扈E31棟。西ノ京西中合町。昭和12年。
島津製作所三条工場は大正8年に開設されましたが、昭和9年の室戸台風で壊滅的な被害を受け、昭和12年に近代的な鉄筋コンクリート造の社屋等が建てられ、以後島津製作所の中心地となりました。その建物もここ最近次々と建て替えられていき、わすが現存しているものはわずかとなりました。このE31棟は数少なくなった昭和12年築の戦前の建物。
6島津製作所E31棟










ただ、現在は空き家状態に見えます。かつては研究棟だったらしい・・・
7島津製作所E31棟










玄関部分。
島津製作所三条工場1










10年ほど前までは本社屋はじめ戦前築の社屋が数多くありましたが、ほとんど建て替えられてしまいました。この写真の社屋も現存していません。
8砂原邸 西ノ京月輪町










ヅ臘点什扈E31棟の西にある黒壁の洋館。
9砂原邸










表札が分からなかったのでどなたが住まわれているかは分かりませんでしたが、大切に住まわれているようで建物の状態は非常に良いです。
ここから西院方面へ向かうため南下していきます。
10永巧舎 壬生西大竹町 昭和初期










Ρ聞舎。壬生西大竹町。昭和初期頃か。洋風の外観の民家が2棟並ぶ箇所。現在は民泊施設になってますが、かつては戦前の分譲住宅だったようです。
11永巧舎










検索すると内部も当時の雰囲気を残した感じでリノベーションされており、どことなく懐かしさを感じる良い雰囲気です。
12永巧舎向かいの洋風住宅










永巧舎の向かいには似たような建物があり、恐らくこの一帯は戦前の建売住宅の分譲地だったように思えます。
12秋山邸 壬生西大竹町 昭和初期










A邸。壬生西大竹町。昭和初期。まるで「うろこの家」のような洋館。
※2023年2月18日取り壊しを確認。
13秋山邸










棟続きですが門柱と玄関がそれぞれ2つあるため、本来は2世帯の長屋みたいな感じだったようですね。今も世帯が違うのかも。
14松浦邸 壬生西大竹町 昭和初期










M邸。壬生西大竹町。昭和初期。下見板張りのシンプルな洋館です。
15宮本邸 壬生西大竹町 昭和初期










M邸。壬生西大竹町。昭和初期。┐M邸とは名字が異なります。こちらも下見板張りのシンプルな洋館。
壬生西大竹町の洋館群を見た後、東へと向かいます。

30.理容那須 中京区壬生森町










理容那須。中京区壬生森町。※2023年2月18日訪問。
31.理容那須










シンプルな外観ですが、良い雰囲気の建物。いつまでも現役でいてもらいたいものです。

16芥川医院 壬生森町 大正から昭和初期










芥川医院。壬生森町。大正から昭和初期。今回の探索で一番見たかった建物。
17芥川医院













当時の姿が良好に残されている洋館医院。素敵な外観です。
18芥川医院










国登録有形文化財になってもおかしくない建物だよなぁ。
さらに東へ。
19芋松温泉 壬生森町










芋松温泉。壬生森町。住宅街の中にこんな趣のある銭湯があるとは。
20芋松温泉










確実に戦前はありそうな雰囲気。
21芋松温泉










堂々たる玄関の唐破風屋根。銭湯ファン界隈では有名なようで、検索したらレポートが結構出てきました。ただ、具体的な建築年が載ってないのが残念。
34.翠明荘 中京区壬生森町










翠明荘。中京区壬生森町。※2023年2月18日訪問
35.翠明荘










芋松温泉の向かいにある古いアパートですが、普通のアパートにしては雰囲気がなんか違う。
36.翠明荘










入口に唐破風が。あと玄関脇に意味深な丸窓とのぞき窓っぽいのが。
これ、遊郭関連の建物じゃないかと。普通、アパートの入口にこんな唐破風屋根は設けない。
20230218_101425










近くの通りには遊郭建築っぽい建物が並んでいたり。壬生には確かに壬生寺近辺に遊郭街があったそうですが、ここは少し離れているのが気になります。小規模な遊郭街が゛あったのでしょうか。

22三川邸










M邸。壬生森町。Googleの航空写真を眺めていて気になった建物。ただし、ストビューの見れない箇所だったため実際に行ってようやく判明。
21三川邸 壬生森町










確実に戦前物件かとは思います。目を引くのは2階にある、まるで手水鉢みたいなベランダ(多分)。なんでこんなデザインにしたのか分かりませんが、何というか見た目が重々しいw
奥の丸窓の建物も気になりましたが、庭木で良く見えませんでした。
このM邸のすぐ隣に明治期の洋館の旧本館や煉瓦の工場棟群がある旧京都綿ネル・日本写真印刷がありますが、今回はスルーしそのまま南へ。
23京都リベラルアーツ 壬生森町










京都リベラルアート。壬生土居ノ内町。大正から昭和初期。
擬石洗い出しモルタルの外壁の洋館。
25西大路アパート










西大路アパート。西院平町。昭和13年。今となっては数少ない戦前のアパート建築。
24西大路アパート 西院平町 昭和13年










反対側から。現在はアパートとして使われていないようで、貸倉庫の看板が掲げられていました。
東へ向かいます。
26小谷与染工場 中堂町庄ノ内町 昭和初期













小谷与染工。中堂寺庄ノ内町。
この近くに大型の洋館を見つけたのですが、かなり奥まった場所にあり撮影できる隙間がほどんどないため写真は断念。
南下し五条通に出た後、JR丹波口駅方面へ。
27中央湯 中堂寺北町 昭和2年










庵羆湯。中堂寺北町。昭和2年。現在は廃業していますが、数年前までは営業していたようです。
28中央湯










外観はリニューアルされてますが、側面は当時の面影を残していました。
29中央湯













奥にはコンクリート造の建物が。ボイラー室でしょうか。中央湯は近くの中央卸売市場で働く人たち用の銭湯だったと京都市近代化遺産調査報告書に書かれていました。
北上していきます。

35末松邸 壬生椰ノ宮町 大正から昭和初期










S邸。壬生椰ノ宮町。新選組で有名な八木邸の近くにある洋館付き住宅。
36末松邸










付属の洋館は2階建ての大型のもの。どことなく和風っぽい雰囲気も感じます。
37末松邸













昭和初期頃でしょうか。戦前であるのは間違いないかと。
30末松工務店 壬生椰ノ宮町 大正期










暇松工務店。壬生椰ノ宮町。洋風事務所建築。軒周りの雷文とデンテルの装飾がオシャレ。
31末松工務店










玄関部分。玄関の庇にも装飾があり中々凝っています。
32 末松工務店邸宅 壬生椰ノ宮町 大正期か










海修遼松工務店の背後に、末松工務店の住宅棟と思われる豪奢な洋館が建っています。
33 末松工務店邸宅か










今回の探索で一番豪華な洋館かもしれません。
34 末松工務店邸宅ステンドグラス













丸窓にはステンドグラスがありました。他の窓にもステンドグラスらしきものが。スクラッチタイルの外壁・建物外観の意匠から昭和初期頃でしょうか。外観だけでこの雰囲気ですから内部はさらに立派でしょう。
壬生を離れ東に向かいます。
38梅鉢医院 風早町 大正から昭和初期










看瀏医院。風早町。大正から昭和初期。まさに戦前の町病院といったたたずまい。
40梅鉢医院










奥行きはそこそこありますね。
39梅鉢医院










開発の相次ぐ京都の市街中心部に未だこういう戦前の洋風医院が残されているのは嬉しいですね。
42美髪館










21.美髪館。石井筒町。昭和2年。近代建築界隈では有名な建物。
41美髪館 石井筒町 昭和2年










実は20年前の学生だった頃に見かけて写真を撮った記憶がありますが、当時はほとんど知られていない無名の建物でした。当時はそれ以上に名建築と呼ばれる戦前の近代建築が京都市内にはたくさんありましたからねぇ。
43美髪館










あれから20年あまり。京都市内の各所にあった多数の大型の近代名建築は次々と姿を消し、美髪館のような小さな近代建築も貴重な存在となっていきました。
44美髪館










この美髪館は今でも理容室として営業されています。ずっと残ってほしいものです。
ここから二条駅方面へ向け北西に進んでいきます。
45星華通商 畳屋町 昭和初期










22.innk。畳屋町。昭和初期。元々は商店だった建物。軒周りなどに装飾があります。現在は宿泊施設になっているようで、内部はだいぶ改装されています。
46太田医院 壬生朱雀町 昭和初期










23.太田医院。壬生朱雀町。昭和初期。洋館の個人医院。今回探索した戦前の医院、芥川医院・梅鉢医院・そして太田医院とも洋風の外観ですね。やはり洋館の病院というのは一種のステータスみたいなものだったんでしょうか。
47太田医院










現在は廃業されていますが、個人宅として使われているのか荒れた感じには見えませんでした。

今回の探索はここまで。今回も多くの良質な近代建築に出会えました。今回出会った建物がこの先もずっと残っていれば良いのですが、最近は気が付いたら取り壊されていて消滅(訪問して2か月後には消滅ということも)することがしばしばあるので油断できない状況ですね。



besan2005 at 11:41│Comments(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック 京都府 | 近代化遺産

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