2020年04月09日

旧海軍舞鶴鎮守府水道施設遺構群・探索レポ日記。

2020年4月4日、舞鶴市にある与保呂浄水場の一般公開に行ってきました。
与保呂浄水場のある岸谷貯水池と上流の桂貯水池は、旧海軍の舞鶴鎮守府所属の艦艇に補給する用水を確保するために作られた軍用水道施設で、明治33年に桂貯水池、大正10年に軍用水源地増強のため岸谷貯水池が造られました。現在は舞鶴市水道局の管理となっていますが、近代水道施設として貴重な存在であるため、平成15年に桂貯水池・岸谷貯水池とも国指定重要文化財に指定されました。

まずは岸谷貯水池へ。
1岸谷貯水池










岸谷貯水池沈砂池。大正時代当時のもの。
2岸谷貯水池取水口










岸谷貯水池取水隧道。旧海軍時代の姿を良くとどめている遺構。
3岸谷貯水池放水路海軍マーク










隧道のキーストーン(要石)の部分には海軍の二重波マークが。
扁額がありますが、「科」の横の文字が読めないw
ちなみに、堰堤上には当時の取水塔が残されていますが、今回失念してしまいました。来年行けましたら撮影して追記したいと思います。
5岸谷貯水池水飲み場










古そうな水飲み場。蛇口部分は新しくなってますが、コンクリートの本体が古そうにみえます。
当時のものかは分かりませんが。
4岸谷貯水池放水路










岸谷貯水池の東側には放水路があります。これも当時のもの。
この放水路の東側に何やら整地をした区画があり、気になって探索したところ、
6岸谷貯水池貯水槽跡







コンクリートの構造物を発見。ポンプの金具のようなものもあり、貯水槽の跡ではないかと推測。
7岸谷貯水池貯水槽跡鉄蓋










貯水槽跡と思われるコンクリート構造物の側には鉄蓋があるのを確認。ただ、錆が酷く銘文やマークなどは確認できず。よく洗うと判明するかもしれませんが。
IMG_3744










こちらは、かつての舞鶴海軍工廠だったJMU舞鶴事業所の正門前に残された錨マーク入りの海軍工廠時代のマンホール。参考までに。
さらに、貯水槽跡の周囲には。
8岸谷貯水池海界境界杭1













海軍施設の境界杭である「海界」の石柱が。
与保呂浄水場遺構配置図







岸谷貯水池東側の遺構配置図。上の境界杭は番号
9岸谷貯水池海界境界杭2










番号の境界杭。「海界」の「界」が埋もれています。
10岸谷貯水池海界境界杭3













番号い龍界杭。
11岸谷貯水池海界境界杭4













番号イ龍界杭。ここには恐らく後述の桂貯水池へと至ると思われる旧道が残されており、配置からこれら4本の境界杭は道の境界を示すものであったかもしれません。
岸谷貯水池から上流に向かって進むと、最初に作られた軍用水道施設である桂貯水池に至ります。
12桂貯水池堰堤1










桂貯水池堰堤。明治33年に完成した舞鶴の軍港に停泊する艦船へ水を供給する軍用水道の貯水池で、やや下流にある現在は駐車場となっている広場から伸びる旧道を進むと堰堤の下へと至ります。
旧道の法面には当時の石積が残されています。
※桂貯水池の堰堤上は立ち入り禁止となっています。
13桂貯水池堰堤2










桂貯水池堰堤を正面から。丁度クレストゲートから水が越流していました。石張りの堰堤から流れ落ちる3本の水流。美しい姿・・・。
14桂貯水池水門







堰堤の横には取水口隧道が。扁額には海軍中将伊藤雋吉の揮毫による「清徳霊長」の文字が刻まれています。
16桂貯水池水門海軍マーク










取水口隧道のキーストーンには岸谷貯水池と同じく海軍の二重波マークが。
15桂貯水池水門内部







内部は煉瓦造りになっています。
17桂貯水池海界境界杭










桂貯水池の道沿いにあった「海界」の境界杭。

あとから知ったのですが、この桂貯水池の上流に同じく重要文化財に指定されているいくつかの堰堤があるようなので、岸谷貯水池の取水塔と合わせて後々探索したいと思います。



besan2005 at 21:00│Comments(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック 京都府 | 旧軍遺構

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