2020年05月17日
歩兵第三十三連隊・歩兵第三十旅団司令部・津陸軍病院遺構探索レポ日記。
三重県津市久居にあった陸軍歩兵第三十三連隊・第三十旅団司令部・津陸軍病院の現存建物群を陸上自衛隊久居駐屯地の一般公開に合わせて見学してきました。
久居の新兵営にはまず明治41年に歩兵第五十一連隊が駐屯し、大正14年に歩兵第三十三連隊が移駐してきました。この辺りに関してはいつもお世話になっている盡忠報國様のブログが詳しいので、そちらを参照してください。
陸上自衛隊久居駐屯地はかつての歩兵第三十三連隊・歩兵第三十旅団司令部・津陸軍病院の敷地をそのまま使用し、現在も多くの当時の建物が残されています。
旧連隊本部庁舎。
西側の妻部には陸軍の星章が今もあります。
反対側。こちらはシンプルですね。
入口部分。こちらは改装されている気がします。
玄関から内部。
妻側から内部。当時の姿がほぼ残されています。
大隊本部と言われている建物。連隊本部庁舎と同じようなデザイン。
反対側。
連隊本部と大隊本部と言われる建物の間にある厠。
現在も便所として使用されているようです。この日は表側に行けませんでした。
将校集会所。大正10年築。さすがに将校集会所の建物は他の兵舎と違い華やかさがあります。
将校集会所の正面。都城市の歩兵第六十四連隊の将校集会所とよく似ています。
将校集会所背面。
反対側から。背面はシンプルです。
将校集会所入口。この日は音楽隊が練習をしており、居なくなった頃合いを見計らって撮影しました。
将校集会所の付属屋。
移設された歩哨舎。コンクリート造です。
用途不明の木造建物。当時の物であることは間違いなく、陸軍の星章入りの鬼瓦が今も乗っています。
遠くに見える防爆壁の土塁に囲まれた弾薬庫。これも旧軍時代の弾薬庫をそのまま使用しています。
気になった自転車置き場の小屋。
小屋組みに使用されている木材に不自然なホゾとかあったり、材も古そうに見えました。
もしかしたら旧軍時代の解体された建物の部材を再利用しているのではと思い撮影しました。
歩兵第三十旅団司令部庁舎。明治41年に開設されました。
解説板。
歩兵第三十旅団司令部玄関。旅団司令部の庁舎は多くが画一化されており、正面にペディメント(三角破風)を掲げ、左右とも三間の翼部を延ばすデザインです。多くが連隊本部より小規模です。
歩兵第三十三連隊の東側には津陸軍病院がありました。現在もいくつかの建物が残されています。この建物は娯楽室だった「愛国寮」。昭和10年に建てられたもので、名前から恐らく愛国婦人会の寄付で建てられたものと思われます。
※参考・古絵葉書・名古屋陸軍病院 豊橋陸軍病院愛国寮竣工記念絵葉書
左奥に見えるのは隔離病棟。結核患者を収容していたそうです。左奥には付属屋があるようです。
食堂(右側)と浴室(左側)。
背面。浴室はともかく食堂が倉庫みたいな煉瓦造なのが不思議です。
歩兵第三十三連隊の西側、久居駅に面した場所にかつて歩兵砲・通信隊の兵舎がありました。現存していた兵舎の中でも2階建ての最大規模の物でしたが、惜しくも訪問時の1年前に取り壊し…。跡地は駐車場となっていました。しかし、当時の物らしき井戸が残されていました。
井戸の上にあるポンプ。当時の物かは分かりませんが古そうなのは確かです。
砲兵隊・通信班の兵舎を見ることができなかったのは残念ですが、かつての姿は盡忠報國様のブログにて見ることができます。
この日は演習場で訓練展示が行われました。これを見るのも目的の一つ。まぁコンデジではこれが精一杯でしたが・・・
あと、新装備である16式機動戦闘車を見たかったというのもありますw