2021年05月27日

舞鶴市・蛇島ガソリン庫遺構探索レポ日記

0蛇島遠景









蛇島は東舞鶴側の舞鶴湾に浮かぶ東西約100m南北約260mの島で、室町時代には逸見氏による蛇島城が築かれた島でした。(現在も城跡遺構が残る。)
明治34年に舞鶴鎮守府が設置されて以後、舞鶴湾は軍港整備が行われ、この蛇島も海軍軍需部のガソリン庫として整備、大正11年に護岸や隧道式のガソリン庫が造られました。
蛇島鳥瞰図







※大正12年に吉田初三郎が描いた舞鶴鳥瞰図の中の蛇島。石積護岸や隧道式ガソリン庫らしきものが描かれている。
蛇島ガソリン庫は終戦まで使用され、戦後はアメリカ軍が接収。その後は国有地となり現在に至ります。近年、日本遺産の関連として市関係者らによる視察等がニュースに取り上げられ、一般公開の計画もありましたが、諸事情により中止。今回、フォロワーさんの尽力により上陸が実現。近畿地方財務局と舞鶴市役所の職員さん同行のもと、フォロワーさん数名と共に蛇島探索を行いました。関係機関の方々、お礼申し上げます。
1蛇島桟橋









チャーターした漁船に乗り10数分。蛇島に到着。当時の石積桟橋(配置図)へと接岸し上陸。当時のビットに縄をつなぎます。
蛇島遺構配置図








※蛇島ガソリン庫遺構配置図。

18荷揚げクレーン台座










桟橋の側にある荷揚げクレーン台座。配置図

19荷揚げクレーン台座









クレーンを固定していたアンカーボルトも残ってます。
20レール跡









そのクレーンから物資を運ぶ際に利用したレールの跡。配置図
蛇島には島の山を東西に貫く形で4本の隧道式ガソリン庫が残されています。
桟橋に一番近い南端のガソリン庫から見ていきます。
3蛇島ガソリン庫1東口









ガソリン庫1東口(配置図)。
13蛇島ガソリン庫1西口









ガソリン庫1西口(配置図)擁壁は石積みでガソリン庫の隧道部分はコンクリートと煉瓦積。
12通気口の塗料









ガソリン庫1の西口の通風孔には青色の塗装がされた木枠が残されていました。
5蛇島ガソリン庫1内部









ガソリン庫1内部。内部はモルタルで仕上げています。本来は隧道の真ん中にガソリンタンクを置くコンクリートの台座がありましたが、戦後に再利用しようとしたのか撤去され脇に置かれています。
トンネルの規模は長さが65〜70m、横幅3.6m、高さ3.5m。
5蛇島ガソリン庫2東口









ガソリン庫2東口(配置図6)。
6蛇島ガソリン庫2西口









ガソリン庫2西口(配置図7)。手前に防爆壁の土塁があります。この土塁は全ての開口部の前に造られています。
7蛇島ガソリン庫3東口









ガソリン庫3東口(配置図8)。
8蛇島ガソリン庫3西口









ガソリン庫3西口(配置図9)。
9蛇島ガソリン庫3内部









ガソリン庫3内部。こちらは台座が撤去されずにそのまま残ってます。かつてはこの台座の上に配管で繋がったタンクが置かれ、ガソリンを保管していたようです。
ガソリン庫4東口










ガソリン庫4東口(配置図10)。こちらは鉄扉が残されています。
※画像は同行のフォロワーさん提供。
9蛇島ガソリン庫4西口









ガソリン庫4西口(配置図11)。こちらも鉄扉が残されていました。
10蛇島ガソリン庫4内部









ガソリン庫4内部。ガソリン庫1〜3の内部はモルタル塗りで仕上げられていましたが、ガソリン庫4は煉瓦の躯体がそのままむき出しになってました。剥がれたような形跡もなく当時からこのままのようですが、理由は不明です。予算的なものでしょうか。
11蛇島ガソリン庫4タンク残骸









ガソリン庫4の内部にはガソリンタンクと思われる残骸が残されていました。
14スリット









ガソリン庫の正面石積擁壁には縦のスリットが入ってます。これは山から流れてきた水を隧道内部に入らないよう逃がすための排水溝です。山からの水はこのスリットを伝い、
15排水口









海側へと延びる排水溝を流れ、
IMG_4686









石積護岸に突き出た土管から海へと排出されます。
16未完成壕









ガソリン庫4のさらに北に横穴が開いてました。新たな隧道式ガソリン庫を作ろうとして中止したものでしょうか。
17コンクリート製土管









その側に当時の物っぽいコンクリートの土管が転がってました。
2蛇島護岸









島の半周は石積護岸で整備されています。報道等ではガソリン庫が造られた大正11年頃としてますが、舞鶴港のいたるところに残る石積護岸が鎮守府が設置されたころの明治後期頃の構築らしいので、この蛇島の石積護岸ももしかしたら先行して造られたものかもしれません。ガソリン庫の以前に何か海軍の施設があった可能性があります。

今回初めて蛇島の遺構を見ましたが、予想以上に状態が良く、確かに一般公開も可能のように思えました。島へ渡る手段など課題もありますが、いつか定期的な公開がされることを望みます。

おまけ。

タンカー1









タンカー2









島を去る前に隣の鳥島を見ていたら1隻のタンカーが通過。
この時は知らなかったのですが、後に流れてきたTLでJMU舞鶴事業所最後の新造船と知りました。
舞鶴海軍工廠開庁以来120年余りの歴史を持つ造船所。その長い造船の歴史をこの日閉じました。
以後、海上自衛隊の艦艇を中心とした修繕所として続くそうです。


besan2005 at 12:08│Comments(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック 京都府 | 旧軍遺構

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