2022年07月03日

舞鶴平海兵団(現・舞鶴教育隊)遺構見学レポ日記

1.舞鶴教育隊







2022年6月24日に舞鶴市にある舞鶴教育隊を見学してきました。
0.平海兵団001








舞鶴教育隊は元々、旧海軍の平海兵団の敷地でした。舞鶴海兵団は舞鶴鎮守府開庁とともに設立。しかし、大正12年のワシントン海軍軍縮会議により舞鶴鎮守府は要港部へと格下げ。舞鶴海兵団は廃止され、旧舞鶴海兵団の敷地は海軍機関学校の敷地として使用されました。
昭和14年の鎮守府再昇格により海兵団も復活。しかし敷地は海軍機関学校となっていたため、東舞鶴の平地区に昭和15年に新たに設置されました。
舞鶴教育隊戦後001








戦後、平海兵団の敷地はそのまま海上自衛隊舞鶴教育隊の敷地となり、現在に至ります。
舞鶴教育隊の敷地内には庁舎を始め平海兵団時代の建物が数多く残っていたのは知っていたのですが、施設の性質上、中々見学できる機会がありませんでした。今回、フォロワーさんのご尽力と海上自衛隊の隊員さんの協力により見学する機会を得ることが出来ました。ありがとうございました。
平海兵団歩哨舎跡







2枚目の古絵葉書の端に写ってますが、かつて正門の前には歩哨舎がありました。今でも基礎が残ります。正門も当時の物がそのまま使われています。

舞鶴教育隊(旧平海兵団)遺構配置図









平海兵団遺構配置図。この位置図に沿って紹介していきます。
2.庁舎1







(審な蔀痛槁庁舎。昭和10年代らしいモダニズムデザインの建物。筑波海軍航空基地の本部庁舎に似た感じですね。
3.庁舎2







正面に車寄せを設けた威厳ある造り。
4.庁舎国旗掲揚台













正面上部には国旗掲揚台が残されています。軍艦の艦橋を模した感じに見えます。
5.庁舎内部







玄関内部。階段も当時のまま。

6.自動車庫







⊆動車庫。鉄骨造りの建物です。
7.自動車庫2







現在も車庫として使用されていますが、平海兵団当時の車両より大型化しているため、収まり切れません。
8.自動車庫







内部の様子。
自動車庫背面







背面。

9.水上機格納庫







水上機格納庫。2棟残されています。
水上機格納庫







旧軍の航空機の格納庫自体、多くが失われている中、ここはちゃんと残されているのが貴重。

10.桟橋







せ袈供コンクリートの部分とかに当時の意匠が見えます。

11.覆土式弾薬庫1







ナづ攫芦侈庫。
12.覆土式弾薬庫迷彩







戦後にコンクリート壁が塗り直されましたが、塗装の剥がれた部分に当時の迷彩を確認することが出来ました。

13.弾薬庫1







γ凸庫。やや小高い場所にあります。
14.弾薬庫2







入り口部分。現在は使われていないようです。

15.ボイラー実習室1







平屋のコンクリート建物。開口部を大きく取った特異な建物。
16.ボイラー実習室2







かつて背面部には煙突があったようです。そのため、軍艦の機関のボイラーの実習等を行う施設だったのではと推測。現在はダメコン用の木材を保管する建物として使用。

17.機関講堂1







木造建物。教育隊では機関講堂と呼んでるようですが、当初の用途は不明。しかし規模の大きさからやはり講堂か実習棟だったのでしょうか。
18.機関講堂2







側面から。
19.機関講堂3







反対側から。現在は使用されておらず、内部もかなり痛みが激しく、今年中に取り壊される予定とのこと。

20.烹炊場







木造建物。教育隊では烹炊場と呼ばれ、炊事の演習場だったようです。当初の用途は不明。この建物も今年中に取り壊しとのこと。

21.便所1







便所。
22.便所2







平海兵団当時から便所だった建物で、建物の前半分は現代用に改修されてますが、後半分は当時のままとのこと。
23.便所3







手前の防火水槽も当時の物。
24.便所4







背面から。この建物も今年中に取り壊されるようです。
ちなみに便所の奥に写る白い建物も当時の木造建物で、こちらは今後も使用されるとか。

25.木造建物







木造建物。長大な建物。
26.木造建物2







こちらは今でも使われています。

28.風呂場2







風呂場。正面に屋根付き廊下が付属します。支えの柱は旧陸軍の建物でも時々見る形ですね。
27.風呂場1







背面から。

29.演武場1







演武場。鉄骨造の大きな建物。現在も演武場として使用されています。
30.演武場2







内部を見せてもらいました。鉄骨の小屋組みが凄い。

舞鶴海兵団兵舎










兵舎。現在は建て替えられて現存していませんが、かつては現隊舎の場所に平海兵団時代の兵舎があり、近年まで隊舎として使用されていました。写真は10年ほど前に軍港クルーズ船から撮影したかつての兵舎。

31.戦艦長門主砲弾













舞鶴教育隊の敷地には旧海軍時代のゆかりのものがいくつか置かれています。これは戦艦長門の主砲弾。
32.川内主錨







庁舎の脇には軽巡洋艦・川内の主錨が置かれています。
33.川内主錨







解説板。昭和17年に舞鶴海軍工廠で改装時に外されたもので、昭和52年にここに置かれたようです。
それまではどこにあったんだろう。

今回はフォロワーさん・海上自衛隊の隊員さんのご尽力により、普段は見れない舞鶴教育隊の敷地に残る平海兵団時代の遺構を見ることが出来ました。ありがとうございました。



besan2005 at 11:06│Comments(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック 京都府 | 旧軍遺構

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