2023年05月18日
生駒市の近代建築探索レポ日記(宝山寺獅子閣一般公開見学)。
GW真っただ中の2023年5月3日に奈良県の生駒市の近代建築探索をしてきました。この日から、宝山寺獅子閣の一般公開が行われており、それに合わせて向かう事にしました。
まずは生駒駅の周辺から。

パレス温泉。本町。レトロな銭湯です。

この看板がいい味出しています。

建築は大正後期頃だとか。4月まで営業されていたようですが、私が訪れたときはすでに閉店していました。
生駒駅に戻り、隣の鳥居前駅からケーブルカーに乗り宝山寺駅へ。

生駒鋼索鉄道宝山寺駅。大正7年。鳥居前駅〜宝山寺駅間のケーブルカーは日本初の営業用ケーブルカーだそうで、開業した日の8月29日は「ケーブルカーの日」なんだとか。

駅舎内部。

ステンドグラス。

ホームへの通路。

運転室。日本初の営業用ケーブルカーの駅舎が開業当時のまま残されているのは貴重ですね。
宝山寺駅を出て、宝山寺へと向かいますが、その前に周辺を探索。

シエル 門前町。

大正期頃と思われる洋館。現在は雑貨屋さんのようです。

旧門前駐在所。本町。

昭和初期頃と思われる小さな建物。玄関部分の赤い照明が交番だった名残を伝えています。
現在は休憩所。

廃洋館。門前町。

洋館は昭和初期頃と思われますが、外観に手が加えられているっぽいです。
門柱はオリジナルのまま。スクラッチタイルをアクセントに使ってます。

この廃洋館は長くはないでしょうね。

長い参道を通り宝山寺へ。

宝山寺獅子閣。門前町。明治15年。国指定重要文化財。建てたのは大工の吉村松太郎。

この獅子閣を建てるために横浜で3年間学んだとか。明治初期に流行った典型的な擬洋風建築です。

玄関を通ってすぐ広い洋室のホールがあります。

実は獅子閣の洋室はこのホールだけ。

玄関のステンドグラス。

奥の扉のステンドグラス。明治初期のステンドグラスはただの色板ガラスをはめただけのものが多く、絵画のステンドグラスになるのはもう少し後になります。

洋室のホールの隣の部屋は和室。

しかし、外観は洋風なので、窓も洋風のアーチ窓になります。

2階へ。この螺旋が素晴らしい。

2階ベランダ。

ベランダから外観を望む。

2階の装飾柱のアカンサスの柱頭飾り。

南面は外回廊になっていて、見張らせるようになります。

2階内部の部屋は完全な和室。

天井は格天井という格式高いもの。客殿として建てられたそうですが、やはり寺院で客をもてなすためにはメインの部屋は和室である必要があったのでしょう。

ただし、階段の手摺は洋風の装飾です。

獅子閣の南側は麓側に面しており、1階2階とも外回廊になっていて、見晴らしを考えた造りになっています。また、懸け造りとなっています。

南面の外観。
宝山寺獅子閣を後にし、宝山寺近辺を探索。

洋館住宅。門前町。下見板張りの洋館住宅です。

入り口側。

気になる背後の建物は後程。

近くの洋館住宅。

洋館付き住宅。門前町。上記の2棟の洋館住宅が隣り合って建っています。当時の分譲地だったのでしょうか。

静養院断食療養所。門前町。大正7年。

何か凄い名前の施設。

断食療法というものがあるらしく、どうやらこの静養院断食療養所は日本最初で最古の施設だそう。

静養院断食療養所の門柱。ここからが敷地ですが、建物まで結構長いです。

遠くから。施設は結構大きいです。
再び宝山寺駅へと向かい、今回のもう一つの目当ての場所へ。

生駒山上遊園地飛行塔。菜畑町。昭和4年。日本最古の大型遊具と言われる建物。

鉄骨部分を拡大すると、山型鋼(L字型鋼)をリベットで接合しています。戦前の鉄骨は山型鋼が主流で接続もリベット止めが主流。現在主流となっているH型鋼やハイテンションボルト接合は戦後になってからです。

この飛行塔、戦時中に奈良海軍航空隊の防空監視塔として接収され使用されたため、金属供出を免れた経緯があり、その結果、貴重な建造物が現代にまで伝えられる結果となりました。
生駒山山上遊園地を後にし、再び生駒駅へ。さらに東へ。

洋館付き住宅。東新町。

歩いていて偶然発見。典型的な洋館付きの文化住宅。

現在は空家のようです。

旧生駒町役場。山崎町 昭和8年。

地方都市の役場らしい和風の庁舎です。

現在は生駒ふるさとミュージアムとして利用されていますが、内部の室内は展示室となり面影が全くないのが残念かな。
生駒市には数年前まで他にも洋館が残されていたようですが、現存していないのは残念でした。
それでも宝山寺獅子閣を始め色んな近代建築に出会えた探索でした。
まずは生駒駅の周辺から。

パレス温泉。本町。レトロな銭湯です。

この看板がいい味出しています。

建築は大正後期頃だとか。4月まで営業されていたようですが、私が訪れたときはすでに閉店していました。
生駒駅に戻り、隣の鳥居前駅からケーブルカーに乗り宝山寺駅へ。

生駒鋼索鉄道宝山寺駅。大正7年。鳥居前駅〜宝山寺駅間のケーブルカーは日本初の営業用ケーブルカーだそうで、開業した日の8月29日は「ケーブルカーの日」なんだとか。

駅舎内部。

ステンドグラス。

ホームへの通路。

運転室。日本初の営業用ケーブルカーの駅舎が開業当時のまま残されているのは貴重ですね。
宝山寺駅を出て、宝山寺へと向かいますが、その前に周辺を探索。

シエル 門前町。

大正期頃と思われる洋館。現在は雑貨屋さんのようです。

旧門前駐在所。本町。

昭和初期頃と思われる小さな建物。玄関部分の赤い照明が交番だった名残を伝えています。
現在は休憩所。

廃洋館。門前町。

洋館は昭和初期頃と思われますが、外観に手が加えられているっぽいです。
門柱はオリジナルのまま。スクラッチタイルをアクセントに使ってます。

この廃洋館は長くはないでしょうね。

長い参道を通り宝山寺へ。

宝山寺獅子閣。門前町。明治15年。国指定重要文化財。建てたのは大工の吉村松太郎。

この獅子閣を建てるために横浜で3年間学んだとか。明治初期に流行った典型的な擬洋風建築です。

玄関を通ってすぐ広い洋室のホールがあります。

実は獅子閣の洋室はこのホールだけ。

玄関のステンドグラス。

奥の扉のステンドグラス。明治初期のステンドグラスはただの色板ガラスをはめただけのものが多く、絵画のステンドグラスになるのはもう少し後になります。

洋室のホールの隣の部屋は和室。

しかし、外観は洋風なので、窓も洋風のアーチ窓になります。

2階へ。この螺旋が素晴らしい。

2階ベランダ。

ベランダから外観を望む。

2階の装飾柱のアカンサスの柱頭飾り。

南面は外回廊になっていて、見張らせるようになります。

2階内部の部屋は完全な和室。

天井は格天井という格式高いもの。客殿として建てられたそうですが、やはり寺院で客をもてなすためにはメインの部屋は和室である必要があったのでしょう。

ただし、階段の手摺は洋風の装飾です。

獅子閣の南側は麓側に面しており、1階2階とも外回廊になっていて、見晴らしを考えた造りになっています。また、懸け造りとなっています。

南面の外観。
宝山寺獅子閣を後にし、宝山寺近辺を探索。

洋館住宅。門前町。下見板張りの洋館住宅です。

入り口側。

気になる背後の建物は後程。

近くの洋館住宅。

洋館付き住宅。門前町。上記の2棟の洋館住宅が隣り合って建っています。当時の分譲地だったのでしょうか。

静養院断食療養所。門前町。大正7年。

何か凄い名前の施設。

断食療法というものがあるらしく、どうやらこの静養院断食療養所は日本最初で最古の施設だそう。

静養院断食療養所の門柱。ここからが敷地ですが、建物まで結構長いです。

遠くから。施設は結構大きいです。
再び宝山寺駅へと向かい、今回のもう一つの目当ての場所へ。

生駒山上遊園地飛行塔。菜畑町。昭和4年。日本最古の大型遊具と言われる建物。

鉄骨部分を拡大すると、山型鋼(L字型鋼)をリベットで接合しています。戦前の鉄骨は山型鋼が主流で接続もリベット止めが主流。現在主流となっているH型鋼やハイテンションボルト接合は戦後になってからです。

この飛行塔、戦時中に奈良海軍航空隊の防空監視塔として接収され使用されたため、金属供出を免れた経緯があり、その結果、貴重な建造物が現代にまで伝えられる結果となりました。
生駒山山上遊園地を後にし、再び生駒駅へ。さらに東へ。

洋館付き住宅。東新町。

歩いていて偶然発見。典型的な洋館付きの文化住宅。

現在は空家のようです。

旧生駒町役場。山崎町 昭和8年。

地方都市の役場らしい和風の庁舎です。

現在は生駒ふるさとミュージアムとして利用されていますが、内部の室内は展示室となり面影が全くないのが残念かな。
生駒市には数年前まで他にも洋館が残されていたようですが、現存していないのは残念でした。
それでも宝山寺獅子閣を始め色んな近代建築に出会えた探索でした。