2023年10月17日

伊根町・新井崎防備衛所 遺構探索レポ日記

今から5年前の2018年、京都府伊根町の新井崎にかつて陸軍の砲台があったことを知り、探索を行いました。その際に新井集会所の雑木林の中に明らかに旧軍時代のものと思われるコンクリートの遺構を確認し、これが新井崎砲台の遺構だと思っていたのですが、伊根町史に載っている新井崎砲台の見取り図と全然違い悩んでおりました。
2020年、本来の新井崎砲台の遺構が2018年に確認した遺構の北方約500mの位置にあることが判明し、この遺構は新井崎砲台の遺構ではないことが確定されましたが、ではこの遺構は何なのか、特定できる資料も見つからずずっと謎のままでした。

※2020年の新井崎砲台の探索レポ日記はこちら。
伊根町・新井崎砲台跡探索レポ日記

2023年、京都市の歴彩館が所蔵する京都府行政文書の「軍需施設引渡目録」内に新井崎防備衛所の図面があることを発見。
新井崎防備衛所図面










※歴彩館所蔵・京都府行政文書「軍需施設引渡目録」より、新井崎防備衛所施設図面。
もしやと思い、2018年に探索した際の記録と照らし合わせると施設図と遺構の位置がほぼ一致。これにより、これまで詳細不明だった新井集会所近くの遺構が新井崎防備衛所の遺構だと判明しました。
そのため、今回改めて新井崎防備衛所の遺構という認識の下、資料の施設図面を参考に再探索をしてきました。

新井崎防備衛所遺構位置図ブログ用










※新井崎防備衛所遺構位置図。
改めて作図。史料の施設図と現地での探索結果を基にトレースしてみましたが、近年新たに道路を作ったりして地形が変わったりしており、位置と縮尺は完全に合わせられていません。あくまで概略図という認識でお願いします。

というわけで、遺構位置図を基に紹介していきます。

8人力発電所跡










ー力発電所跡。整地された上に造られています。恐らく探照灯への電力供給や衛所・兵舎への電力供給のためでしょうか。施設図では長方形に描かれていますが、実際は張り出しがあったりします。発電機の台座があると思われますが、埋もれている可能性があります。自力発電は外部からの電力供給ではなく、自力で発電すること。隣に油庫があることから、恐らくディーゼルによる発電機で発電していたと思われます。旧陸海軍のこういった施設は大抵自力発電で、今でも発電所の建物跡や発電機を収めていたコンクリート壕などが残されています。
7人力発電所跡










自力発電所跡の北隅部。
10人力発電所跡碍子










自力発電所跡には碍子が残されていました。

5油庫跡










¬庫跡。コンクリートの壁が残されています。
6油庫跡(西から)










壁には南側と西側に開口部があります。
南側が正面の出入口。西側が西隣の自力発電所跡との連絡用通路だったのでしょうか。
9人力発電所跡から油庫を望む










自力発電所跡から油庫方面を望む。自力発電所跡は整地された油庫よりも高い位置に造られています。

4探照灯跡










C犠氾跡。施設図では探照灯と思われる円が描かれていますが、実際は四角い基礎が残り、角から斜めに基礎が伸びてます。この上に探照灯があったのでしょうか。
IMG_0076










ちなみに、新井埼神社の先の岬に経文岩という岩の洞窟があり、そこに古いコンクリートが残されています。地元ではここに探照灯が格納されていたと伝えられれ、説明版にもそう書かれていますが、施設図には探照灯は油庫の隣に描かれており、経文岩自体は書かれてはいるものの、施設としての記載はありません。もしかしたらここにも探照灯を設置しようとして中止したのが伝わったのでしょうか。

1衛所東側基礎










け匳蠕彭貘Υ霑叩新井集会所の南、道路に面した小屋の裏に古いコンクリートの基礎の一部が残されています。位置的に衛所跡と思われ、施設図に描かれた衛所の形と照らし合わせると、東側の張り出した部分の基礎と思われます。

2衛所西側基礎










3衛所西側基礎










ケ匳蠕彑沼Υ霑叩L渦箸領側と軒下にコンクリートの基礎が残されれています。施設図の衛所の形と照らし合わせると、西側の基礎だと思われます。
その他の基礎部分は撤去されたものと思われますが、東西の端の基礎が残されていますので、衛所の規模は復元できます。

11衛所跡付近










新井崎神社へ降りる道から衛所があった場所を望む。現在民家のある場所のやや東側に衛所がありました。民家の位置から新井崎神社へ下る道は施設図に書かれているので、当時からのもののようです。

12兵舎跡付近










κ室棒弯篦蠱蓮施設図と衛所跡の遺構から推測すると、新井集会所とグラウンドの一部に兵舎があったようです。しかし、造成のためか面影は全くありません。
Г寮橘腓魯哀薀Ε鵐匹琉銘屬砲△辰燭隼廚錣譴泙垢、今となっては全く分かりません。

これにて新井崎防備衛所の遺構探索となります。

新井崎砲台遺構配置図






新井崎には海軍の防備衛所と陸軍の新井崎砲台があり、新井崎砲台の方は上の遺構位置図と先に紹介した新井崎砲台遺構探索レポ日記の通り、砲具庫や油庫、便所といった建物の他に観測所跡や境界杭など多くの遺構が残されています。海軍の防備衛所跡と陸軍の新井崎砲台跡を合わせて見学できる旧軍遺構が集中して存在しているお勧めのスポットです。


besan2005 at 19:20│Comments(2) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック 京都府 | 旧軍遺構

この記事へのコメント

1. Posted by 浦島清一   2023年10月18日 10:50
いつも詳細な報告ありがとうございます。
「宮津与謝平和のつどい」事務局の浦島です。
来年の展示に入れたいと思いますが、写真等お借りしていいですか?
また一度お出会いしたいと思っています。
2. Posted by BESAN   2023年11月17日 17:46
浦島様

返事が遅くなりすいません。
私が撮影した写真なら出典元として私のブログ名を明記していただければ使用してかまいません。ただし、京都府行政文書の資料の画像は規定により申請者である私のみの使用になりますので、申し訳ありませんが使用の許可は出せません。

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