京都府

2026年01月15日

旧亀岡信用組合事務所(2002年取り壊し)

亀岡市森林組合1









京都府亀岡市内の市街地にあった建物。昭和3年に昭和天皇の御大典を記念して建てられた事務所です。
昭和46年から亀岡森林組合の事務所として使用されていましたが、この写真を撮影した時はすでに空き家となってました。
亀岡市森林組合2









2002年に取り壊しが行われましたが、取り壊し直前にたまたま立ち寄ることができ、こっそり中を見てみました。
亀岡市森林組合3









1階部分。営業室だったと思われる部屋で、カウンターを挟んで奥が玄関となっています。
亀岡市森林組合4









2階への階段。2階へはちょっと躊躇してしまい、2階内部の写真を撮らなかったことが悔やまれます。
※この写真は2001年〜2002年にブログ管理人が撮影したものです。

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2026年01月14日

玉舎邸(2018年4月取り壊し)

玉舎邸2










大徳寺の東側、京都市北区紫野にあった古い洋館です。2018年2月に北山駅から鞍馬口駅の西側一帯を探索した際にたまたま見つけた洋館です。

玉舎邸1










外観はシンプルですが、外壁および門柱に貼られているタイルが素敵な物でした。
玉舎邸4










タイルのアップ。特注品なのか、表面には複雑な模様が施されており、あまり見たことないこのタイルに惹かれてアップの写真を撮影していました。

この洋館を撮影した約2か月後、残念ながら取り壊され、現在は別の方の家の敷地となっています。
可能ならこのタイルを1枚だけでも欲しかったなと思ったりしたのですが…



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2026年01月09日

京阪電気鉄道伏見変電所(2003年頃取り壊し)

伏見変電所









京阪電気鉄道中書島駅の近くにあった、京阪電鉄の変電所です。ひときわ大きな建物で、目に付く変電所でした。竣工は明治43年と古く、京阪の歴史を物語る建物でしたが、2003年伏見変電所の移転に伴い取り壊され、跡地は京阪電気鉄道中書島事務所となっています。
※この写真は2001年頃にブログ管理人が撮影したものです。

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2025年12月20日

京都モダン建築祭2024+道中の近代建築見学レポ日記

240910-modern-1-1024x682










去年開催された京都モダン建築祭2024のレポ日記です。
京都モダン建築祭2022の記事はこちら
京都モダン建築祭2023の記事はこちらになります。
2024年の京都モダン建築祭は、今回初公開&昨年見れなかった建物で、パスポート公開かつ撮影OKの建物を中心に回りました。

2重信会館










まず最初に訪れたのは、下京区にある重信会館。昭和5年に建てられた本願寺系の寄宿舎だった建物です。
1重信会館 昭和5年 下京区廿人講町 竹内健 竹中工務店










アールデコを基調とし、和風の様式も取り入れたデザイン。
3重信会館










1階の講堂。
4重信会館










壇上には襖がある珍しい造り。
5重信会館










手洗い場がありました。
6重信会館










窓がいい雰囲気。
7重信会館










講堂に置かれた説明板。設計は竹内緑。
8重信会館










この時は2階には行けませんでしたが、階段が魅力的でした。
9重信会館










階段手摺の透かしは象を意匠化したデザインとなっています。
次に向かったのは先斗町歌舞練場。

17先斗町歌舞練場 昭和2年 木村得三郎










鴨川沿いに建てられた大きな建物です。
昭和2年築。設計は木村得三郎で、武田五一が顧問をしております。
18先斗町歌舞練場










外観はスクラッチタイルにナマコ壁を模したデザインのタイル壁。
19先斗町歌舞練場










玄関階段のタイル。
20先斗町歌舞練場










飾り置きの台。先斗町歌舞練場は使われているタイルが豊富です。
20-2先斗町歌舞練場










券売所。
21先斗町歌舞練場










1階廊下。
22先斗町歌舞練場










エレベーター。
23先斗町歌舞練場










鴨川を望めるテラス。
24先斗町歌舞練場










休憩室。

26先斗町歌舞練場










千鳥模様が可愛い。

27先斗町歌舞練場










劇場2階席から。

28先斗町歌舞練場










劇場1階席から。この時はまだ公開されていませんでしたが、大ヒット作の映画「国宝」のロケにも使われ、今では国宝の聖地として人気だそうです。
29先斗町歌舞練場










舞台の隅にあった屏風。小野小町かな?
次は東山区の京都国立博物館へ。


39京都国立博物館技術資料参考館 昭和5年










京都国立博物館技術資料参考館。重要文化財の旧本館(明治古都館)ではなく、敷地奥にあるこの洋館が目的でした。
40京都国立博物館技術資料参考館










昭和5年完成のこの建物は、当初は収蔵庫でした。
41京都国立博物館技術資料参考館










東山通に面して建つこの洋館は以前から気になってた建物でしたが、今回ようやく内部を見ることが出来ました。

42京都国立博物館技術資料参考館










現在は迎賓館的な施設として使われており、照明や内装など豪華な造りになっています。
45京都国立博物館技術資料参考館










奥から玄関側方向。
43京都国立博物館技術資料参考館










しかし、天井の梁の武骨さが元収蔵庫の面影を残しています。
45-2京都国立博物館










また、玄関側の階段も元収蔵庫としての面影を残しています。
46堪庵 江戸初期










次は同じ京都国立博物館の敷地内にある茶室堪庵。
元は江戸時代初期に建てられた茶室で、昭和33年に順正創業者の
上田堪一郎より
寄贈されたもの。
47堪庵







玄関。
48堪庵







蹲と躙り口。
49堪庵







広間。八畳あり割と広く感じました。
次は北区へ向かいます。

53京都復活教会 京都市北区紫野西御所田町63 昭和10年 ヴォーリズ建築事務所







京都復活教会。去年も後悔されていましたが、時間が合わず入れなかったためリベンジ。
昭和10年築。設計はヴォーリズ建築事務所。京都市内の教会建築の多くはヴォーリズ建築事務所が手掛けています。
54京都復活教会







教会内部。小屋組みが美しい。
55京都復活教会







教壇。
59京都復活教会







照明。
58京都復活教会







尖頭アーチ窓のステンドグラス。
57京都復活教会







丸窓にはキリストのステンドグラス。
見どころの多い素晴らしい教会でした。

60衣笠会館 京都市北区北野下白梅町29 明治38年







続いては同じ北区の衣笠会館へ。この建物は京都綿ネルの創業者、
藤村岩次郎の自邸として明治38年に建てられたもの。
20241109_114912







一見、素朴な煉瓦倉庫のような建物にに見えますが、窓部分の角を丸く仕上げたり、軒周りにはデンティルの装飾を施したりと細部に凝ったデザインを設けています。
61衣笠会館









玄関入ってすぐにある階段。

65衣笠会館









2階から階段を見下ろす。


62衣笠会館









2階部屋。

63衣笠会館









大理石製の暖炉が残されています。

20241109_114006









2階展示室。


66衣笠会館









2階和室。日本の洋館の特徴として、外観は完全に洋館や近代的な建物でも、内部には和室があったりします。

京都モダン建築祭2024で巡った建物はここまで。ここからは京都モダン建築祭の公開建物ではないですが、移動途中で撮影した近代建築になります。


12開化堂カフェ(旧内濱架線詰所) 昭和2年









開化堂カフェ(旧内濱架線詰所) 昭和2年。元は京都市電の架線保守の詰所だった建物。
13開化堂カフェ







車庫部分の開口部を大きな窓に改装するなどして、上手く使われています。

15内浜診療所裏







内浜診療所裏の建物。アーチ窓が特徴的です。

14河原町七条角







河原町七条角の建物。
16七条大橋 大正2年







七条大橋。現在でも京都市内の幹線道路として多くの車や人が行き来する橋ですが、大正2年完成という鴨川に架かる橋としては最古のもの。112年経った今でもまだまだ京都市内の交通を支えています。

31喜多美不動産株式会社。京都市東山区豊浦町。







喜多見不動産。東山区にある近代建築。
32喜多美不動産株式会社







タイル張りの外観がいい感じですが、現在も使われているかは不明。

38Y邸。京都市東山区池殿町







Y邸。中々立派な洋館を持つ個人宅。

33旧太田内科診療所。京都市東山区山崎町。大正〜昭和初期







旧太田内科診療所。東山区の元診療所
34旧太田内科診療所。







小さいですが、玄関の屋根や壁の装飾等、中々凝ってます。
37旧太田内科診療所







玄関の受付窓。

51旧東山区役所(京都国立博物館旧管理棟)







旧東山区役所。昭和5年築。
50旧東山区役所(京都国立博物館旧管理棟)。京都市東山区妙法院前。昭和5年







アールデコ様式の建物で、現在は京都国立博物館の施設として使用されています。



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2025年12月07日

旧竹田医院(2016年頃取り壊し)

竹田医院・間ノ町通










京都御苑の南、間之町通にあった古い個人病院。撮影時にはすでに閉院していたと思いますが、洋館と塀、門はそのまま残り、おそらく閉院後もこのまま生活されていたのではと思います。
ストビューを見ると2016年には駐車場になっているので、その頃に取り壊され更地にされたと思われます。
※この写真は2010年にブログ管理人が撮影したものです。

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旧梅屋小学校(1998年〜2005年取り壊し)

梅屋小学校









京都府庁の正面通り、釜座通と丸太町通の交差点北東角にあった学校です。
梅屋小学校は明治2年に開校した番組小学校で、昭和5年に鉄筋コンクリート造の校舎が建てられました。
しかし統廃合により1995年に閉校。2005年に跡地が梅屋公園として開園。この写真を撮影したのは1995年〜1998年頃だった記憶がありますので、1998年〜2005年の間に取り壊されたと思われます。京都市内の閉校した学校は最近では地区のコミュニティーセンターやホテルとして再利用されたりしていますが、この梅屋小学校も現在まで残っていたら、別の用途に再利用されたのでしょうか。
※この写真は1995年〜1998年頃にブログ管理人が撮影したものです。

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京都モダン建築祭2023+旧明倫小学校見学レポ日記

kyotokenchiku_thumb










2年前に行われた京都モダン建築祭2023のレポ日記です。
2022年に行われた初回の京都モダン建築祭のレポ日記はこちらになります。
2023年の京都モダン建築祭は、今回初公開&昨年見れなかった建物で、パスポート公開かつ撮影OKの建物を中心に回りました。

1京都府立医科大学旧図書館 京都市上京区河原町広小路上る梶井町 昭和4年 十河安雄







まずは、京都府立医科大学旧図書館。昭和4年に十河安雄が設計したゴシック様式の図書館建築です。
2京都府立医科大学旧図書館







玄関フロア部分。
3京都府立医科大学旧図書館










階段室の尖頭アーチ窓が美しい。
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2階階段室。
5京都府立医科大学旧図書館










3階講堂内部。座席に高低差があり、かなり広く見えます。
4京都府立医科大学旧図書館










講堂の座席を下から。
6京都府立医科大学旧図書館










講堂の尖頭アーチ窓。
7京都府立医科大学旧図書館










講堂の演台は凝った装飾がされています。
8京都府立医科大学旧図書館










2階事務室。
10京都府立医科大学旧図書館










玄関部分にはステンドグラスや
9京都府立医科大学旧図書館










モダンな照明が残されています。


11関西美術院 京都市左京区岡崎南御所町 明治39年 武田五一










次は左京区岡崎にある関西美術院。

17関西美術院










明治39年に武田五一の設計で建てられたもので、武田五一が手掛けた現存最古の洋画研究所として貴重なもの。
18関西美術院










外観は民家のような和風の外観。
13関西美術院










内部は明治期の建物にしては装飾等は無く、それどころか小屋組みすら剥き出しという簡素なもの。
14関西美術院










まるで倉庫のよう。
15関西美術院










ここは天井が張られていますが、装飾は無し。
16関西美術院










照明が点灯しておらず採光のみの明るさのため、場所によっては薄暗かったり。雰囲気的にはこれはこれで良かったりしますが。

19顕道会館 京都市下京区油小路通花屋町上る西若松町 大正12年 増田清










続いては、下京区にある顕道会館へ。大正12年に増田清の設計で建てられた浄土真宗本願寺派の事務所的な建物。
20顕道会館










洋風の近代建築ですが、和風の要素も随所にみられます。
21顕道会館










玄関脇の階段。やや狭めです。
22顕道会館










1階ホール。正面奥に演壇と仏壇があります。
23顕道会館










階段踊り場のアーチ窓。
24顕道会館










2階廊下。
26顕道会館










反対側から。
25顕道会館










2階ホールも仏壇が置かれている所が仏教関係の建物らしいです。

28紫明会館 京都市北区小山南大野町 昭和7年 十河安雄










続いては北区にある紫明会館。昭和7年に十河安雄の設計で建てられた、京都府師範学校の同窓会館。
33紫明会館










玄関には変わった尖頭アーチ窓があります。

32紫明会館










当時からの照明。
31紫明会館










階段室。
30紫明会館










階段踊り場。
29紫明会館










3階ホール。紫明会館は現在、イベントスペースとなっています。

34旧明倫小学校 京都市中京区室町通蛸薬師下る山伏山町 昭和6年 










最後に訪れたのは、現在は京都芸術センターとなっている旧明倫小学校。昭和6年に建てられた小学校で、西館・北館・南館からなり、京都市内に現存する戦前の小学校建築の中でも豪華な造りとなっています。
旧明倫小学校は京都モダン建築祭の公開建物では無かったですが、別のイベントをやっており、中に入ってみることにしました。
35旧明倫小学校










西館玄関。
45旧明倫小学校










西館玄関。
36旧明倫小学校










階段部分。
48旧明倫小学校










北館廊下。板張りの廊下が懐かしく感じます。
47旧明倫小学校










北館2階スロープ。窓からの光が廊下に写り、美しかったです。
46旧明倫小学校










北館1階スロープ。
37旧明倫小学校










2階講堂。ここは旧明倫小学校でも天井などの装飾が多く豪華な造りで、必見の場所ですが、イベントが無いと閉まっているため注意。この日はたまたまイベントの準備をしており、お願いして見せてもらいました。
38旧明倫小学校










講堂の演壇の装飾も見応えあり。
39旧明倫小学校










次は2階の大広間。恐らくかつては作法室として使用されていたもの思われますが、他の学校とは異なり、78畳にもなる大規模なもので、さらに折上格天井という最高格式の書院造の和室にデザインされています。床の間や違い棚も規模がケタ違い。
40旧明倫小学校










付書院の組木格子も素晴らしいもの。
41旧明倫小学校










違い棚の組木格子の丸窓も豪華なもので、この和室は相当予算がかけられたものと思われます。
42旧明倫小学校










次はフリースペースとして使用されている1階講堂。
43旧明倫小学校










ここには奉安庫と思われる扉がありました。

これにて京都モダン建築祭2023と、旧明倫小学校のレポ日記は終了。
次は京都モダン建築祭2024のレポ日記へと続きます。

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2025年12月06日

関西テーラー(旧村井兄弟商会煙草工場 2009年取り壊し)

旧村井商会2









京都市東山区の馬町通にあった古い煉瓦建築。撮影時は関西テーラーというお店になってましたが、かつては明治33年に建てられた村井兄弟商会の煙草工場でした。村井兄弟商会の創業者、村井吉兵衛は煙草製造で成功し、煙草の専売制後は村井銀行を創業するなど金融業にも手をかけ、東山の円山公園の側に迎賓館的な別邸、「長楽館」を建てるなど京都の経済界に大きな影響を与えました。

旧村井商会1









煙草専売制後のこの建物は倉庫として使用された後は廃屋同然となってましたが、昭和22年に関西厚生協会が保存維持のために払い下げを受け、長らく残されてきました。旧村井兄弟商会煙草工場の建物は京都市内でも貴重な明治の煉瓦建築でしたが、やはり老朽化等で維持が難しくなったのが、残念ながら2009年に取り壊されました。
実はこの煉瓦建築の裏側にも同じ旧村井兄弟商会煙草工場だった煉瓦建築があり、そちらはマンションとして利用されていましたが、そちらも2009年に取り壊されました。その建物は当時は煉瓦風の外観を模した新しい建物と思っており、撮影しなかったのが悔やまれます。
※この写真は1995年〜1998年にブログ管理人が撮影したものです。

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2025年12月01日

宮崎家具旧本店(2013年取り壊し)

宮崎家具2









京都の老舗の家具店で、昭和11年に竣工した旧本店は、武田五一が基本設計を行い、弟子の宇都宮誠太郎が実際の設計を行った建物でした。一見鉄筋コンクリート造に見えますが、木造建物で外壁にはタイルが張られていました。
宮崎家具1









内部には武田五一設計の噴水や藤井厚二設計の客間があったそうで、取り壊される前に撮影しておけば良かったと今でも後悔しています。
※この写真は1995年〜1998年頃にブログ管理人が撮影したものです。

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七条壬生東の洋館(2001年頃取り壊し)

七条壬生東の洋館









七条壬生交差点の東、七条通沿いにあった洋館。3階建ての存在感ある建物で、おそらく商店だったと思いますが、撮影時には既に空き家となってました。記憶は確かではありませんが、2001年には取り壊されたと思います。ちなみに左の亀湯や右側の看板建築も現在は失われています。
※この写真は1995年〜1998年にブログ管理人が撮影したものです。

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