兵庫県

2022年02月13日

兵庫県加西市・青野原陸軍演習場大門廠舎遺構探索レポ日記

3年前に探索した兵庫県加西市にある青野原陸軍演習場大門演習廠舎遺構のレポ日記です。
大門演習廠舎絵葉書ブログ用









※昭和10年代頃の大門演習廠舎正門。
青野原陸軍演習場大門演習廠舎は明治32年に開設した青野原陸軍演習場の宿舎等の施設として完成しました。姫路にあった陸軍第10師団所属部隊の演習場として使用され、戦後、青野原陸軍演習場は陸上自衛隊青野ヶ原演習場として引き継がれますが、大門演習廠舎は引揚者や戦災者の住居として使用され、現在は住宅地となっていますが、大門演習廠舎時代の建物等が今でも残されています。
※参照サイト・大日本者神國也 青野原陸軍演習場大門陸軍演習廠舎
大門廠舎位置図










今回探索した遺構の位置図。この位置図に沿って紹介していきます。

1.廠舎建物か










‐骸坊物。正門に一番近い場所にある平屋の建物。
2.廠舎建物か










背面。
IMG_5237










当時の正門部分から。
大門演習廠舎絵葉書ブログ用









昭和10年代頃の大門演習廠舎正門。左端に,隼廚錣譴觀物が写ってます。
2.廠舎建物付属屋










付属屋と思われる建物。
,鉢△2022年2月現在、取り壊され建っていた場所は更地となっています。

3.主官舎(演習場管理人宿舎)










主官舎。青野原陸軍演習場の管理人が住んでいた建物。退役将校が任務にあたったようです。
4.主官舎










横から。玄関部分は洋館で、他の廠舎とは一線を画します。演習場へ来た高級将校を招く応接的な面もあったのかもしれません。

5.廠舎建物か










ぞ骸坊物。下士官兵が寝起きする廠舎は長屋型で真ん中に通路があり間仕切りの無い建物ですが(イメージ的には座禅を組む禅堂みたいな感じ)、この建物は一軒家の造りなので将校用だったのでしょうか。
6.廠舎建物か










背面。

7.廠舎建物か










ゾ骸坊物。
8.廠舎建物内部










廃墟状態で入口から内部が確認できました。こちらは下士官兵用でしょうか。

10.廠舎建物か (2)










廠舎建物。現在は作業場。大きさ的に倉庫とかだったのでしょうか。

9.廠舎建物か










Ь骸坊物。現在は民家として使用されています。

11.廠舎建物










12.廠舎建物










┥骸坊物。当時の雰囲気を良く残す建物。現在は焼肉屋さんとなってますが、内部には当時の銃架が残されているそうです。

13.井戸跡










井戸跡。かつては覆屋があったものと思われます。

14.貯水槽跡










貯水槽。コンクリート製の大きなもの。現在は薮に覆われていて見づらいです。ちなみにこの先は演習場の敷地となるため入れません。

15.馬用水桶










馬水桶1。ここには軍馬を管理する厩舎があり、当時のコンクリート製の馬水桶が残されています。これは南側の馬水桶。

16.馬用水桶










馬水桶2。北側の馬水桶。と違いこちらはゴミが置かれておらず観察しやすいです。
18.馬用水桶










真横から。
17.馬用水桶













アップ。とは形状が違います。

19.コンクリート基礎










コンクリート基礎の建物跡。何の建物があったかは不明。
このすぐ近くに便所跡があったのですが、失われてしまいました。

20.演習用塹壕か










演習陣地跡? 廠舎から少し離れた山裾に、土塁と塹壕みたいな長方形の穴が掘られている場所があります。

20.境界杭













陸軍境界杭。大門演習廠舎の周囲にはいくつか境界杭が残されています。これは南側にあるもの。

21.境界杭










偉Ψ涯界杭。川の側の畑の中、写真ではポリバケツの脇にあります。

22.陸軍境界杭













盈Ψ涯界杭。池の北側にあります。

23.陸軍境界杭













歌Ψ涯界杭。池の北側、流入路の側にあります。
その他、南西側にある神社の敷地内にもいくつかあるようですが、立ち入れなかったので確認できませんでした。

戦車第6連隊正門1










青野ヶ原演習場近くには、昭和15年に移駐した戦車第6連隊の正門が残されています。
戦車第6連隊正門2










向かって左側の門柱。
戦車第6連隊正門3










向かって右側の門柱。

青野ヶ原演習場の周囲には他にも姫路陸軍病院青野原分院の正門とか残されてましたが、私が訪問した時にはすでに撤去されていました。 

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加古川市の近代建築探索レポ日記

加古川市の近代建築の探索をしてきました。
加古川市は日本毛織のお膝元の街で、日本毛織関連の近代建築が数多く残されているため、そちらを期待して向かいました。
まずは、解体か保存かで揺れている名建築へ。

1.旧加古川町公会堂 加古川町本町 昭和10年 置塩章







旧加古川町公会堂。加古川市加古川町本町。昭和10年。
2.旧加古川町公会堂







最近まで図書館として使用されていましたが、図書館移転により現在は閉鎖。現在、解体か保存かで揺れています。
3.旧加古川町公会堂







設計は置塩章。
P1090467










大阪城内にある大阪陸軍砲兵工廠化学分析場を設計した人物としても知られています。こちらも解体か保存で揺れてますね。
3.旧加古川町公会堂ステンドグラス







正面の窓にはステンドグラスがあります。内部の写真を見たら中々見事なもの。閉館前に行くべきだったなと後悔。なんとか保存活用して欲しいところですがどうなるか・・・。
旧加古川町公会堂を後にし周辺を回ります。

4.吉田邸 加古川町木村 







Y邸。加古川市加古川町木村。
5.吉田邸







玄関部分が可愛らしいです。

6.ROOM2 看板建築 加古川町寺家町







ROOM2。加古川市加古川町寺家町。看板建築の商家をカフェに改装したもの。この日は中には入りませんでしたが、ネットで内部の写真を見たら中々洒落た雰囲気でした。
ここから西へと向かいます。

7.由利邸 加古川町木村







Y邸。加古川市加古川町木村。煉瓦の煙突がある住宅ですが、戦前かどうかは微妙かも。

9.日本毛織木村町社宅郡







日本毛織木村町社宅群。加古川市加古川町木村。大正〜昭和初期。同じデザイン・規模の住宅が10棟ほど建ち並んでいます。
8.日本毛織木村町社宅郡 加古川町木村 大正〜昭和初期







主屋は和風ですが、塀は洋風で、玄関脇の出入り口がアーチになってる等、中々洒落た造りです。
10.日本毛織木村町社宅







ベランダのある裏側。
11.日本毛織木村町社宅







基礎は煉瓦造りで古さがあります。
12.日本毛織木村町社宅







ベランダの持ち送り。戦前の雰囲気を色濃く残す社宅群ですが、すでに全戸空家のようで、半数は半壊している廃墟状態。近いうちに姿を消すかもしれません。

13.日本毛織社宅か 加古川町木村







N邸。加古川市加古川町木村。社宅群の隣にある住宅。
14.日本毛織社宅か







主屋が新しく見えたのでどうかなと思いましたが、付属屋や塀が戦前っぽく見えたので一応抑えることに。もしかしたら主屋は外観をリフォームしただけかもしれませんし。

15.宝湯 加古川町本町







宝湯。加古川市加古川町本町。現在は廃業されているようです。

16.合名会社神田陶器商店 加古川町本町







合名会社神田陶器商店。加古川市加古川町本町。古くて大きい建物。
17.合名会社神田陶器商店







かつては倉庫だったのでしょうか。
18.合名会社神田陶器商店







入り口部分はアーチ。木の扉が良い雰囲気です。

19.神田家住宅洋館 加古川町 大正期













神田家住宅洋館。加古川市加古川町。大正期。国登録有形文化財。神田家は煉瓦やタイルなどの生産をしていたようで、先に紹介した合名会社神田陶器商店の経営者のお屋敷と思います。
20.神田家住宅洋館













玄関部分には国登録有形文化財のプレートがあります。

21.友藤たばこ店 加古川町本町







友藤たばこ店。加古川市加古川町本町。昔ながらのたばこ屋さん。たばこ屋さんを兼ねた雑貨店もほとんど見なくなりましたねぇ。

22.旧銭湯 加古川町本町







旧銭湯。加古川市加古川町本町。玄関に店名があるのですが、肝心の部分が消えてしまっており、銭湯名は分からず。

23.本町倶楽部 加古川町本町







本町倶楽部。加古川市加古川町本町。公民館ですね。
24.本町倶楽部







外観と造りからして昭和初期とかでしょうか。
25.本町倶楽部







玄関部分には立派な看板が。

26.日本毛織社宅郡 加古川町本町







次に日本毛織の社宅群エリアに入ります。ここは凄かった。

27.日本毛織社宅 加古川町本町 大正期







日本毛織社宅洋館。加古川市加古川町本町。大正期。
28.日本毛織社宅







立派な洋館を持つお屋敷。
29.日本毛織社宅







社宅で洋館が付属する建物はここだけです。偉いさんの官舎だったんでしょうか。
30.日本毛織社宅郡







33.日本毛織社宅郡







この界隈は当時の社宅群や工員宿舎が多く残されており、戦前の街並みがそのまま残っている状態。これ、ロケ地にもそのまま使えるのではと思えるくらいでした。

34.日本毛織社宅倶楽部1号舎 明治31年







日本毛織社宅倶楽部1号舎。加古川市加古川町本町。明治31年。アメリカンスタイルの素敵な洋館。
37.日本毛織社宅倶楽部1号舎







日本毛織の社員の倶楽部建物です。
36.日本毛織社宅1号舎













玄関部分に彫り物の装飾が置いてありました。
20220211_092917







玄関脇にあるゴミ捨て場。

37.日本毛織社宅倶楽部2号舎 明治44年







隣には日本毛織社宅倶楽部2号舎があります。明治44年築。
38.1号舎・2号舎







明治の洋館が並び建つ姿は圧巻です。
ここから加古川を渡りさらに西へ。

39.船頭公会堂 米田町







船頭公会堂。加古川市米田町。外観は改修されてますが、昭和初期くらいかなと思います。
40.船頭公会堂倉庫







敷地内にある下見板張りの倉庫。

41.日本毛織印南工場門衛所 米田町 大正8年







日本毛織印南工場門衛所。加古川市米田町。大正8年。
42.日本毛織印南工場







45.日本毛織印南工場







43.日本毛織印南工場







印南工場の敷地内には大正期の煉瓦建築が数多く残されています。
44.日本毛織印南工場













特にこの給水塔と思われる煉瓦の塔は遠くからでも目立つランドマーク的な建物。可能ならば敷地内をじっくり見学してみたいなぁ。

45.東平津公会堂 米田町







東平津公会堂。加古川市米田町。こちらも船頭公会堂と同じく昭和初期かなと。
この先にある井ノ口公会堂を見に行ったのですが、残念ながら新たな公会堂へと建て替えられてました。再び加古川を渡り東へ。

46.中国銀行加古川支店 加古川町粟津







中国銀行加古川支店。加古川市加古川町粟津。どこのサイトも取り上げてないので戦後の建物と思います。
47.中国銀行加古川支店







しかし、最近では少なくなった古典様式の銀行建築。たとえ戦後でも貴重かなと。私自身、古典様式の銀行建築は好きですし。仮に最近の建物だとしたらセンスいいですね。
1.中国銀行姫路支店 白銀町







そういえば、姫路市でも同じ中国銀行の古典様式の姫路支店を見ました。

48.貴伝名邸洋館 加古川町粟津







K邸洋館。加古川市加古川町粟津。大きなお屋敷に付属する洋館。
49.貴伝名邸洋館







ここのお屋敷に住まわれている方、かなり珍しい名前の方です。

50.大村株式会社 加古川町







大村株式会社。加古川市加古川町。
51.大村株式会社







煉瓦造の社屋があり、裏側は赤煉瓦ですが、表側はスクラッチタイル張りになってます。
52.大村株式会社







大正期くらいですかね。
53.大村株式会社







水路を挟んで同時期の建築と思われる大きな木造の倉庫があります。
最期に加古川駅方面へ。

54.准田土地住宅 加古川町篠原町 昭和初期







准田土地住宅。加古川市加古川町篠原町。習わ初期。ゴシック風の窓を持つ洋館付き建物。
55.准田土地住宅













軒周りの装飾も華やかです。
56.准田土地住宅







壁にはよく洋館の門扉や玄関にあるノック用に付けられた鉄輪を咥えたライオンと同じ装飾が。

57.旧日本毛織加古川工場6番倉庫 加古川町寺家町 大正11年 







旧日本毛織加古川工場6番倉庫。加古川市加古川町寺家町。大正11年。
58.旧日本毛織加古川工場6番倉庫







かつてこの一帯には日本毛織加古川工場の煉瓦建築がいくつも建っていましたが、再開発で取り壊され、現在はこの1棟のみ。加古川工場で最大の煉瓦建物だった6番倉庫は再活用されています。

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以上で加古川市の近代建築の探索終了。数年前より数は減ったものの、それでも数多くのレベルの高い近代建築が残されており、日本毛織のお膝元の街としての隆盛を感じ取ることが出来ました。


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2022年02月06日

加東市・小野市の近代建築探索レポ日記(内藤克雄作品を訪ねて)

兵庫県の加東市と小野市にある近代建築を探索してきました。特に今回は北播磨地域を中心に活躍し多くの作品を残した内藤克雄の作品を多く尋ねる形となりました。西脇市の近代建築探索でもいくつか内藤克雄作品を見たので気になってはいました。
実は3年前に加東市の旧社町の方を探索してましたが、今回はそれ以外の地区小野市を補完する形で探索。まずは3年前の旧社町での探索分。
33.旧加東郡公会堂 加東市社 大正元年










旧加東郡公会堂。加東市社。大正元年。
34.旧加東郡公会堂










大規模な近代和風建築です。
35.旧加東郡公会堂










現在は明治館という施設に(完成は大正ですがw)。中に入りたかったけど閉まってました。
IMG_5298










玄関部分。めちゃいい感じです。中を見たかったなぁ。

36.旧社町公会堂 加東市社 昭和17年










旧社町公会堂。加東市社。昭和7年。
37.旧社町公会堂










ちょっと奥まったところにあって全体を捉え難いですが、昭和初期らしい雰囲気の良い洋館です。
38.旧社町公会堂










背面。
38.旧社町公民館の猫










屋根の上に可愛い三毛猫ちゃんがいました。

39.旧内山医院










旧内山医院。加東市上滝野。明治40年。
39.旧内山医院 加東市上滝野 明治40年










軽自動車1台がやっと通れるような感じの狭い路地の中に突如現れる白亜の洋館。
40.旧内山医院










明治の洋館らしい瀟洒なたたずまい。
41.旧内山医院










正面玄関。現在は個人宅のようですが、末永く残ってほしいです。

ここから今回の探索分(2022年2月5日探索)
1.旧東播銀行大門支店 加東市大門 明治9年







旧東播磨銀行大門支店。加東市大門。明治29年。
2.旧東播銀行大門支店







旧陸軍の演習場の宿舎だった大門廠舎(3年前に探索したけど記事をまだ書いてなかった!近日中に書きます)の近くにある洋館。明治期の建物らしく装飾に富んだ建物。しかしいつも前に車が停まってるのが・・・。3年前もそうだったなぁ。

3.沢辺営農組合格納庫 加東市沢辺







沢辺営農組合格納庫。加東市沢辺。他サイト等では取り上げられてない新たに確認した建物。
4.沢辺営農組合格納庫







一部改装されてますが、おおむねオリジナルの雰囲気を残しています。
5.沢辺営農組合格納庫







背面。建物の感じから旧公会堂ではと思います。となると、この地域の公会堂をいくつか手掛けた内藤克雄の作品の可能性も。

6.中古瀬公民館 加東市中古瀬







中古瀬公民館。加東市中古瀬。こちらも他サイトでは取り上げられてない新たに確認した建物。
7.中古瀬公民館







今回一番の収穫かも。建物のデザイン・造り・基礎を見ても間違いなく戦前物件。
8.中古瀬公民館







全体のデザインを見ると、この後巡る内藤克雄設計の旧東古瀬公会堂や旧浄谷町公会堂とよく似ています。詳細不明ですが、内藤克雄の作品の可能性があります。しかし、これほどの近代建築、なんでどこの近代建築サイトもスルーしてるんだろ。隣の地区の旧東古瀬公会堂はどこも取り上げてるのに。

8.旧東古瀬公会堂 小野市東古瀬 昭和10年 設計・内藤克雄







旧東古瀬公会堂。加東市東古瀬。昭和10年。
9.旧東古瀬公会堂







設計は内藤克雄。当時の外観が良く残されています。現在も公民館として現役。
23.長濱良三商店 加東市新定 昭和初期







長濱良三商店。加東市新定。昭和初期。
24.長濱良三商店







小さな集落に突如現れる立派な洋館。これも内藤克雄の設計。
25.長濱良三商店







玄関の看板。

26.旧東条町役場 加東市天神 昭和9年







旧東条町役場。加東市天神。昭和9年。
27.旧東条町役場







現在は個人宅。羨ましいw こちらも内藤克雄の設計。加東市の昭和初期の近代建築は内藤克雄がほとんど手掛けたんじゃないかと思うくらいの多さです。

次に小野市へと入ります。
10.内藤克雄設計事務所 小野市久保木町 昭和10年







旧内藤建築設計事務所。小野市久保木町。昭和10年。
11.内藤克雄設計事務所







内藤克雄の事務所兼自宅として自身が設計し建てたもの。当時の立派な洋館が残されています。
12.内藤克雄設計事務所













現在も多分ご子孫の内藤さんがお住まい。北播磨の近代に貢献したご先祖様のかつての本拠地の洋館を今も大切に受け継いでいらっしゃいます。

13.旧浄谷町公会堂 小野市浄谷町 昭和8年 設計・内藤克雄







旧浄谷町公会堂。小野市浄谷町。昭和8年。
14.旧浄谷町公会堂







こちらも内藤克雄の設計。先に訪問した中古瀬公民館・東古瀬公民館とよく似たデザイン。特に今回新たに確認した中古瀬公民館とうり二つで、中古瀬公民館が内藤克雄の設計ではと推測した理由の一つです。

14.本町の看板建築 小野市本町







本町の看板建築。小野市本町。

15.本町の看板建築







地方の町でよく見かけるシャッター通りと化したアーケードの商店街の一角にひときわ目立つ建物。意匠を凝らした正面にステンドグラスの窓。かつては洒落たカフェだったのでしょうか。
16.本町の看板建築







軒の装飾。

20220205_101527







この建物のあるアーケード通りと化した商店街もすでにシャッター通りを通り越し、商店は歯抜け状に壊され、跡地には新たに普通の民家がいくつも建てられていました。地元の商店街もですが、もう商店街としての機能は消え失せ住宅街へと変わりつつも、撤去費用の問題でアーケードは老朽化したまま放置状態。かつては雨でも傘無しでショッピングができると期待されて作られたアーケードが今では邪魔者でしかない状態になっているのは何とも皮肉なものです。時代の流れに合わなくなった地方のアーケード商店街はこうして消滅していくことでしょうね。

17.天理教加東分教会 小野市西本町







天理教加東分教会。小野市西本町。他サイトでは取り上げてませんでしたが、気になったので紹介。
18.天理教加東分教会







大和屋根風の大きく目立つ屋根。
19.天理教加東分教会







側面。昭和10年代とかでしょうかねぇ。


20.旧小野小学校講堂 小野市西本町 昭和11年 内藤克雄







旧小野小学校講堂。小野市西本町。昭和11年。

21.旧小野小学校講堂







西脇市の国指定重要文化財の西脇小学校校舎(未訪問)と並ぶ内藤克雄の代表作。現在は小野好古館。

22.旧小野小学校掲揚台 昭和15年







現・小野小学校の敷地内には、同じく内藤克雄の設計である昭和15年の国旗掲揚台があります。門扉が閉まってたため望遠での撮影ですが。

加東市・小野市の近代建築探索は以上となります。両市の近代建築探索ははからずも内藤克雄の作品を巡る形となったため、内藤克雄という建築家に少し興味が出てきました。個人的な感想としては1つの様式に捕らわれず用途や要望に応じて様々なデザインを卒なくこなす器用な人だったのかなと感じました。(逆に言えば作品に氏の個性があまり見受けられない・・・)
ともあれ、多くの内藤克雄の作品を見ることができた有意義な探索となりました。それに大物と言っていい新たな発見もありましたし満足な探索でした。

※余談。
28.廃墟カフェ 三田市四ツ辻 昭和26年







探索の帰りに気になってたカフェへ。兵庫県三田市の郊外にある、昭和26年築の旧医院を改装した「廃墟カフェ〜RUINS」へ。
29.廃墟カフェ







戦後建築ですが、中々良い雰囲気。外観はあえて改装せず古びた感じを残しています。
32.廃墟カフェ







元の玄関に残る大久保医院の看板。元々は本庄診療所という名前だったようです。

30.廃墟カフェ







内部はレトロでオシャレな感じに改装されています。
31.廃墟カフェ







柱に残る診察室の札。
FKzZ0AvakAQvQ6b







この日はオムライスを頂きました。卵を泡だて器で泡立て焼いた感じのようで、一風変わったオムライスでしたが、デミグラスソースを良くマッチした美味しさでした。

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2022年01月31日

姫路市の近代建築探索レポ日記(姫路市街編)

0.姫路城







姫路市にある近代建築を探索してきました(2022年1月29日)。今回は姫路市街。姫路市には網干区に多くの良質な近代建築が残されていますが、今回は時間的に無理でしたので次回に。
※2022年12月30日に網干区の探索を行いました。姫路市網干区の近代建築探索レポ日記

まずは駅前の2号線に入り、そのまま西へ。

1.中国銀行姫路支店 白銀町







中国銀行姫路支店。姫路市白銀町。
近代建築のサイトに全然取り上げられてないので、戦後建築だと思います。恐らく昭和20年代後半かと。しかし、戦前の古典様式の雰囲気を残すこの建物のデザインは好きですね。

2.くにかね商店 白銀町







くにかね商店。姫路市白銀町。看板建築。

3.ひめしんリース 忍町







ひめしんリース。姫路市忍町。こちらも戦後建築ですが、外壁はタイル張りになってますね。

3.和洋折衷住宅 花影町







和洋折衷住宅。花影町。

4.山陽色素第二工場 千代田町 昭和6年







山陽色素第二工場。姫路市千代田町。昭和6年。かつては川沿いに大規模な煉瓦建物がありましたが、2013年に取り壊され、敷地内の奥に少し残るのみです。
山陽色素001









山陽色素002









20年ほど前に見学会で行ったときに撮影した写真。立派な煉瓦建築でしたが…。
北上し、姫路城方面へ。

5.洋館付き住宅 西新町







洋館付き住宅。姫路市西新町。
6.洋館付き住宅







かなり老朽化してますが、一応住人はいるようです・・・
ここから姫路城方面に向かうため東へ。

7.吉田洋服店 元町







吉田服装店。姫路市元町。

8.吉田洋服店







1階の木製の扉部分や窓部分は古そうです。ただ、正面は新しそう。現代の看板建築かな。

9.洋館住宅 龍野町







洋館住宅。姫路市龍野町。新しそうに見えます。ただ、センスはめっちゃいい!
ちなみにこの建物の向かいにかつては「澤田医院」というレトロな建物がありましたが、すでに更地になってました。

10.白鷺橋 本町 昭和8年







白鷺橋。姫路市本町。昭和8年。
13.白鷺橋







重厚な石造りの欄干は姫路空襲により高熱を受けボロボロになってます。
12.白鷺橋







反対側。
11.白鷺橋







全体。
14.白鷺橋













親柱の破損状況を見ると、いかに激しい熱を受けたか分かります。姫路空襲の状況を伝える貴重な建造物です。

15.旧第三十四銀行姫路支店 坂元町 大正15年







旧第三十四銀行姫路支店。姫路市坂元町。

16.旧第三十四銀行姫路支店







煉瓦造の重厚な銀行建築。現在は今井医院として大切に使用されています。

17.加藤邸 坂元町







K邸。姫路市坂元町。個人宅ですが、規模も大きく中々立派な住宅です。
18.加藤邸







かつては事務所建築か商店建築だったのでしょうか。


19.お食事処すず 綿町







お食事処すず。姫路市綿町。

20.お食事処すず







レトロな建物の食堂。他サイトの過去の記事を見ると、色んな店舗が何度か入れ替わってます。

21.旧逓信省姫路電信局 総社本町 昭和5年 







旧逓信省姫路電信局。総社本町。昭和5年。
22.旧逓信省姫路電信局







現在は姫路モノリスという施設になってます。

23.姫路護国神社の石造建物 本町 昭和13年か







姫路護国神社境内にある石造建物。姫路市本町。トイレかなと思い近寄って見つけた建物。
24.姫路護国神社の石造建物







軒周りのデンティル装飾を見ても古そうに見えました。姫路護国神社は昭和13年創建とのことで、この建物もとりあえず昭和13年としておきます。公式サイト含め色々調べましたがこの建物の素性は分からず。休憩所でしょうか。よく見たら、空襲で破損した痕を補修したような部分も見えます。

25.姫路カトリック教会ザビエル館 本町







姫路カトリック教会聖ザビエル館。姫路市本町。旧陸軍第10師団司令部跡地に建てられている教会。師団司令部の付属建物を流用した可能性を考え、色々調べましたが、どうやら戦後建築のようです。外観は古そうに見えたんですけどねぇ。

26.旧陸軍第10師団長官舎 本町 大正13年







旧陸軍第10師団長官舎。姫路市本町。大正13年。こちらは正真正銘の旧陸軍の建物。
27.旧陸軍第10師団長官舎







オシャレな洋館です。かつては日本建築の主屋が接続していました。
28.旧陸軍第10師団長官舎郵便受け













正門の門柱にある木枠の郵便受け。

29.旧陸軍第10師団兵器庫・被服庫 本町 明治38年







旧陸軍第10師団兵器庫・被服庫。姫路市本町。明治38年。
30.旧陸軍第10師団兵器庫・被服庫







現在は姫路市美術館として使用されています。
0.姫路城







1枚目の姫路城は、この近くから撮影したもの。さすがに大きいです。
ここから姫路城の北側へ。

31.児島邸 坊主町







K邸。姫路市坊主町。
32.児島邸







可愛らしい小さな洋館付きの住宅です。

33.上月邸 坊主町







K邸。姫路市坊主町。大きなお屋敷に付属している洋館。

34.深沢邸 八代町







F邸。姫路市八代町。こちらも大きなお屋敷に付属する洋館。シャッターの目が粗いので、シャッター越しじゃない写真も撮ることは可能でしたが、さすがに不審者過ぎるので断念(笑)

35.山田邸 八代町







Y邸。姫路市八代町。
36.山田邸 八代町







白亜の洋館が付属しています。

37.西山邸 八代町







N邸。姫路市八代町。
38.西山邸







可愛らしい洋館が付属する住宅。この辺りは洋館付き住宅が多く存在します。
ここから東方面へ。

39.町裏浄水場 八代町 昭和4年







町裏浄水場。姫路市八代町。昭和4年。浄水場内に当時の洒落た建物が残されています。
しかし、立ち入り禁止なので、外からフェンス越しにズームして撮影。
40.町裏浄水場







管理棟?の洋館。かなりレベルの高い洋館です。
41.町裏浄水場







これはポンプ室の建物かな? ここから西中島地区まで北上。

42.洋風商店 八代町







洋風商店建築。姫路市八代町。

43.旧神戸銀行野里支店 大野町







旧神戸銀行野里支店。姫路市大野町。古びた掲示板に神戸銀行野里支店の文字がありました。
44.旧神戸銀行野里支店







戦後建築でしょうが、中々雰囲気のある建物。神戸銀行は昭和48年に太陽銀行と合併。その後、太陽神戸三井銀行→さくら銀行となり、現在の三井住友銀行となりました。この旧神戸銀行野里支店の建物は最近までお茶を扱う店舗として使用されていたようですが、現在は空家となってます。

45.洋風商店 大野町







野里通りを北上。洋風商店建築。姫路市大野町。

46.洋館付き住宅 大野町







洋館住宅。姫路市大野町。

47.看板建築 大野町







旧看板建築。姫路市大野町。野里通りを抜けて西中島地区へ。

48.有方邸 西中島







A邸。姫路市西中島町。

49.有方邸







小さな洋館の付いた住宅。


50.塚本邸 西中島







T邸。姫路市西中島町。中々オシャレな洋館のある住宅。
51.塚本邸







出窓が可愛らしいですね。琥珀というカフェとしても使用されているようですが、残念ながらこの日は閉まってました。本来なら開いている日だったはずなんですが。洋館の中、見たかったなぁ。

52.田村邸 西中島







T邸。姫路市西中島町。
54.田村邸







こちらも可愛らしい洋館のついた住宅。洋館付き住宅は多いですが、それぞれに個性がありますね。

55.Harb 西中島







Harb。姫路市西中島町。スクラッチタイルの洋館。元事務所でしょうか。
再び南下し八代町方面へ。

56.井ノ奥邸 八代町







I邸。姫路市八代町。

57.井ノ奥邸







こちらも可愛らしい洋館の付いた住宅。

58.旧田靡製麺本社屋 八代本町 昭和7年







旧田靡製麺本社。姫路市八代本町。昭和7年
59.旧田靡製麺本社屋













現在は縁というカフェとして使用されており、建物の側に改修の経緯を記した説明板があります。
60.旧田靡製麺本社屋







屋根には田靡製麺の社号があります。

61.洋館付き住宅 八代本町







洋館付き住宅。姫路市八代本町。
62.洋館付き住宅







ちょっと奥にあるため一部しか見えないのが残念。

63.洋館住宅 北八代1丁目







洋館住宅。姫路市北八代1丁目。

64.旧姫路高校本館 新在家本町 大正15年







旧姫路高校本館。姫路市新在家本町。大正15年。現在は兵庫県立大学のゆりの木会館となっています。
65.旧姫路高校講堂 新在家本町 大正15年







旧姫路高校講堂。大正15年。本館・講堂とも敷地内からの撮影は出来なかったので、外から撮影。
ここから南下。

66.煉瓦倉庫 南八代町







煉瓦倉庫。姫路市南八代町。
67.煉瓦倉庫







民家の倉のようですが、中々立派な煉瓦の倉です。しかし、窓が全然ない・・・。

68.洋館付き住宅 鷹匠町







M邸。姫路市鷹匠町。庭木で見づらい・・・

69.清水邸 山野井町







S邸。姫路市山野井町。物凄いインパクトのあった洋館。
70.清水邸







3階建てというのも珍しいですが、その外観も中々のもの。しかし、どういう様式の建物なんでしょうね。ドイツ風?
ここから再び姫路城の東へ。

71.勝原薬局 竹田町 昭和2年







勝原薬局。姫路市竹田町。昭和2年。
72.勝原薬局







かなり立派で豪華な薬局。元医院かなと思いましたが、どうやら当初から薬局だったようです。
73.勝原薬局







塔屋部分の棟。
74.勝原薬局







しかし、立派な建物ですねぇ。昔はこの辺りのランドマークだったんでしょう。

75.旧姫路信用金庫同心町出張所 同心町







旧姫路信用金庫同心町出張所。姫路市同心町。後から知りましたが、以前は姫路信用金庫同心町出張所の建物だったようです。現在は個人宅?
76.旧姫路信用金庫同心町出張所







一見新しく見えますが、基礎周りや外壁、柱を見るとかなり古そうです。大正期まであるかもしれません。
77.旧姫路信用金庫同心町出張所







元々は姫路信用金庫同心町出張所以前から銀行だったのかもしれません。詳細が気になります。

78.五軒邸の住宅







五軒邸の住宅。姫路市五軒邸。
77.五軒邸の住宅







奥に洋館らしきものが見えます。

79.龍田邸 五軒邸







T邸。姫路市五軒邸。
80.龍田邸







姫路市内には洋館付き住宅が多く残ってます。まだ他にもあるかも。

81.大森邸 五軒町







O邸。姫路市五軒町。洋館住宅。門も当時のままのようです。
ここから播但線のほうへ。

82.サンエス石膏事務所 神屋町







サンエス石膏事務所。姫路市神屋町。大きな洋館の事務所です。
83.サンエス石膏事務所







ぱっと見、昭和初期とかの建物に見えますが、あるサイトでは戦後すぐの航空写真に見かけないとの情報も。移築してきたのかもという意見ですが…。
これにて姫路市街の近代建築探索終了。朝8時30分に探索を開始して、探索を終えたのが15時。6時間半休みなしのぶっ通しで歩き回ったため、さすがにヘトヘトに。時間とスマホのバッテリーの件もあり、本当は網干区へも行けたらと思ってましたが、さすがに断念。またの機会に回すことにしました。それでも下調べでは見つけてなかった建物を含め、多くの建物に出会えて楽しい探索となりました。

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2021年11月28日

加西市・川西航空機姫路製作所鶉野工場工員宿舎街探索レポ日記

無題











兵庫県加西市の鶉野の地にあった姫路海軍航空基地の北西側に昭和19年、川西航空機姫路製作所の組み立て工場が完成しました。これが鶉野工場で、姫路製作所にて生産された局地戦闘機の紫電及び紫電改の部品を組み立て、テスト飛行するために飛行場の側に造られた工場でした。
姫路海軍航空基地や川西航空機姫路製作所鶉野工場に関しては多くの情報がネットで上げられているため周知のものでしたが、昭和22年の航空写真を見ると、姫路海軍航空基地及び川西航空機姫路製作所鶉野工場の西側、現在の新生町の場所が明らかに工員宿舎街と思われる区画整理され長屋型の横長の建物が建ち並ぶ一画があるのに気づきました。
昭和22年新生町











※国土地理院HP公開、昭和22年航空写真に写る工員宿舎街。
川西航空機姫路製作所鶉野工場に関してはネットで検索すると結構出てきますが、この新生町のエリアに関しては情報が無く確証は得られなかったものの、ストリートビューで確認した建物の造りは、過去に海軍工廠等で見かけた長屋型の工員宿舎の造りと酷似したものでした。

2第四寄宿舎










※参考・三重県亀山市、鈴鹿海軍工廠関分工場第四寄宿舎。

鈴鹿海軍工廠平田町官舎B-3










※参考・三重県鈴鹿市、鈴鹿海軍工廠平田工員宿舎。
20鹿原地区工員宿舎1










※参考・京都府舞鶴市、朝来第三海軍火薬廠鹿原工員宿舎。

8朝来中工員宿舎9










※参考・京都府舞鶴市、朝来第三海軍火薬廠朝来中工員宿舎。

2年前から目を付けていたエリアでしたが、今回、姫路海軍航空基地の見学会に参加するため加西市に赴く予定が出来たことと、紫電改展示館のボランティアスタッフのおじさんの証言から、このエリアは間違いなく川西航空機姫路製作所鶉野工場の工員宿舎街と確定できたため、探索レポ日記を作成することにしました。
姫路海軍航空基地跡遺構探索レポ日記(2021年6月16日探索)

川西航空機姫路製作所鶉野工場工員宿舎遺構位置図











※今回探索した川西航空機姫路製作所鶉野工場工員宿舎街の遺構位置図。
工員宿舎街のうち、南側エリアの遺構はは全く残されていませんでした。
しかし、北側エリアはほとんどの建物が残されている上に、何件かは当時の面影が残され、かつての工員宿舎街の雰囲気を感じることが出来ました。
以下、遺構位置図に沿って紹介していきます。写真に写る各建物は位置図で確認してください。

2.全景










川西航空機姫路製作所鶉野工場工員宿舎街の全景。東側から。
1.全景










正面入り口と思われる箇所。北から。
3.工員宿舎1










撮影方向 0貳嵋迷Δ砲△訶貔召猟未蝓
4.工員宿舎2










撮影方向◆この通りの工員宿舎はオリジナルの外観が比較的良く残されています。
IMG_3249










窓に小さなベランダを設けるのも当時の工員宿舎の特徴でもあります。
6.工員宿舎4










撮影方向。南側の部分はいくつか取り壊されています。
5.工員宿舎3










撮影方向ぁ
7.工員宿舎3










窓部分にオリジナルの雰囲気を残しています。
7.工員宿舎5










撮影方向ァ撮影方向△猟未蠅鯣紳仟Δ寮沼Δら撮影。

8.工員宿舎6










撮影方向Α9員宿舎の半分だけ残されてリフォームされています。
13.工員宿舎







撮影方向А撮影方向,猟未蠅糧紳仟Δ寮沼Δら撮影。こちら側は工員宿舎が両側とも良く残されています。
9.工員宿舎7










工員宿舎┳梓僂呂なり改修されていますが、プランは当時のままのようです。
9.工員宿舎8











工員宿舎押6瓩で確認するのを忘れていた建物。ただ、外観は大きく改修されているようです。
今回、韻鉢欧旅員宿舎の確認を逃してしまいました。
10.集会所か










建物魁昭和22年の航空写真にも同じ場所に建物が写ってますが、他の工員宿舎とは規模や造りが異なっています。
11.集会所か










建物海稜慳漫

IMG_3268










建物海慮軸愽分。建物の造り、基礎ともに戦前であることは間違いないと思います。
ここでは集会所と仮定しておきます。

その他、周辺で気になったもの。

IMG_3250











工員宿舎街の北側民家にあるコンクリート塀。戦前の造りの可能性があり、参考として撮影。
IMG_3251










その隣に建つ空き家。戦前の古民家ですが、庇部分の柱の造りが通常の民家にはあまり見られず、どちらかというと軍関係とか軍事工場関連の建物とかに見られるような感じなので、参考として撮影。
IMG_3259










新生町公民館の前にある花壇に転用されたコンクリート製排水溝。戦前の可能性があるため撮影。
素掘り池







工員宿舎街の北側の畑地にある方形の大きな素掘りの池。戦時中のものか分かりませんし、工員宿舎街との関連も不明ですが、気になったので。

新生町に残る川西航空機姫路製作所鶉野工場の工員宿舎群は空き家も目立ち、痛みも目立ってきている建物も多くあります。リフォームされている建物以外はいずれ無くなる可能性があると思われます。

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2021年10月11日

豊岡市の近代建築探索レポ日記

3年前の2018年4月28日に探索した際の日記です。
豊岡市は大正14年の北但大震災により豊岡市街は壊滅。関東大震災の例もあり、震災後豊岡市(当時は豊岡町)は震災復興事業として火災に強い不燃の建物を建てていきました。
現在も震災復興事業として建てられた昭和初期の建築物が多く残されています。
41中江種造邸








42中江種造邸







この日探索した近代建築の中に旧中江種造邸だった豊岡カトリック教会がありますが、
すでに独立した記事として書いてますので、こちらを参照してください。
豊岡市・旧中江種造別邸(現・豊岡カトリック教会)レポ日記

まずは豊岡市中心街から。
※デジカメで撮影した写真が霞んだ感じで上手く撮れなかったので、スマホで撮影した写真を使ってます。

1豊岡市役所 中央町 昭和2年







豊岡市役所稽古堂(旧豊岡町役場)。中央町。昭和2年。国登録有形文化財。

2豊岡町役場








竣工当時の豊岡市役所。昭和27年に3階部分を増築して今の姿になりました。
3豊岡市役所










玄関ホール。ピアノが置いてあって誰でも弾けます。
4豊岡市役所







同じく玄関ホール。
5豊岡市役所













階段。豊岡市役所は新庁舎建設のため25m曳家して保存されました。


6旧兵庫県農工銀行豊岡支店 中央町 昭和9年 渡辺節建築事務所







旧兵庫県農工銀行豊岡支店。中央町。昭和9年。設計は渡辺節建築事務所。国登録有形文化財。
7旧山陰合同銀行豊岡支店













現在はレストランとして使用。入ってみたかったけど、ランチも中々のお値段で断念w

7京極湯 中央町







京極湯。中央町。旧兵庫県農工銀行豊岡支店の裏手のレトロな銭湯。
7京極湯2







現在は廃業しているっぽいですが、建物はいつまでも残ってほしいですね。
豊岡市のメインストリートである大開通りを西へ。

8アリス美容室 中央町 昭和初期







アリス美容室。中央町。昭和初期頃。
9アリス美容室













塔屋が特徴的な建物。

10大開通りの商店建築 中央町







大開通りの商店建築。昭和初期頃か。

11丸岡ふとん店 千代田町 昭和初期













丸岡ふとん店。千代田町。昭和初期。震災復興建築。

12つるや商店 千代田町 昭和初期













つるや商店。千代田町。昭和初期。これも震災復興建築。
大開通りから南の生田通りへ。

13経済協力会 千代田町 昭和初期







経済協力会。千代田町。昭和初期。
14経済協力会







左側1階部分が切り取られてガレージになっているなど改造はありますが、全体的に当時の姿を留めてます。

15洋館付き住宅の廃墟 千代田町







その隣にある倒壊寸前の洋館付き住宅。昭和初期頃か。
16洋館付き住宅の廃墟







良く残っているなと率直に思いました。かなり傾いてます。
17洋館付き住宅の廃墟







洋館部分。2021年現在、消失を確認。さすがにね・・・

18原邸 千代田町 旧医院か







H邸。千代田町。昭和初期か。

19原邸







現在は個人宅ですが、かつては事務所建築だったのかも。

20谷村邸 千代田町 元医院か 昭和初期







T邸。千代田町。昭和初期。装飾に富んだ建物で、元医院だった建物と思われます。
2021年現在、消失を確認。
再び大開通りへ。

21大開通の復興商店建築







大開通りの復興商店建築群。中央町。昭和初期。
22大開通の復興商店建築群







中々洒落てます。
23サルード 中央町













サルード。中央町。昭和初期。

24クロワッサン 中央町













クロワッサン。中央町。昭和初期。小さく可愛らしい建物。
25大開通の復興商店建築 中央町







ブティック・ストーク。大開通りの3棟並ぶ復興商店建築。中央町。昭和初期。

26大開通の復興商店建築 中央町







大開通りの2棟並ぶ復興商店建築。中央町。昭和初期。

27旧但馬銀行豊岡東支店 中央町













旧但馬銀行豊岡東支店。中央町。昭和初期。1階玄関周りに当時の装飾が残されています。
28大開通の復興商店建築







大開通りの和洋折衷建物。中央町。
29大開通の復興商店建築










大開通りの復興商店建築。中央町。昭和初期。モダンな建物。左隣に看板建築が並んでましたが、撮影し忘れ…。
ここから南北の通りである元町通りを北上。

30旧但馬貯蓄銀行 元町 昭和初期







旧但馬貯蓄銀行中支店。元町。昭和初期。和洋折衷の建物。
31旧但馬貯蓄銀行







後に高石医院として使用され、現在は豊岡画廊となっています。

32エンドー鞄 元町







エンドー鞄事務所。元町。昭和初期。スクラッチタイルの昭和初期らしい建物。

33橋本酒造 元町







橋本酒造。元町。昭和初期。全体的に和風ですが、1階腰回りを煉瓦積み風にしたオシャレな外観。

34橋本商店 元町







橋本商店。元町。昭和初期。双子の建物を1つにしてますが、元々は別店舗だったのでしょう。

35服部 小田井町 昭和2年







服部。小田井町。昭和2年。モダンな外観ですが、バルコニー、軒周りの装飾が凝ってます。
36服部







別角度から。
東の細い通りに入り南下。

37まるはSID 元町 昭和初期







まるはSID。元町。昭和初期。元は木和田商店事務所。いかにも昭和初期の建物。

38木和田商店 元町













木和田商店。元町。昭和初期か。銅板張りの商店建築。

39豊岡劇場 元町 昭和初期







豊岡劇場。元町。昭和2年。当時の装飾が現在も残されています。豊岡劇場は2012年にいったん閉館しましたが、2014年にクラウドファンディングによる募金等で再開。現在も映画館として稼働しています。
豊岡市中心街を離れ、南下。
40豊岡高校達徳会館 京町 明治29年







達徳会館。京町。明治29年。兵庫県指定文化財。旧豊岡中学校の本館で、現在は豊岡高校の記念館として保存されています。

以上で豊岡市の近代建築の探索を終了しましたが、参考にした近代建築のサイトに掲載されている建物のいくつかが失われていました。それとは別に確認できなかった建物、撮影を忘れた建物もあり、後日補完の意味を込めて再探索できたらと思います。  

besan2005 at 22:31|PermalinkComments(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

2021年09月20日

西脇市の近代建築探索レポ日記


2021年8月21日に兵庫県西脇市の近代建築探索をしてきました。事前の下調べで結構な数の近代建築が残されていることは把握していましたが、実際に探索すると、未チェックの物件も多数存在することが分かりました。多くが西脇市の地場産業だった播州織の工場関連の建物でした。なお、昨今重要文化財に指定された西脇小学校校舎群ですが、時節柄、訪問してもまともに見学出来ないと判断し、今回は見送りました。

まず最初に向かったのは、旧来住邸。
1旧来住邸勉学洋館 西脇 昭和11年










旧来住邸勉学洋館。西脇 昭和11年。生糸商の豪商だった来住家の離れの洋館。主屋は大正時代の建築で、共に国登録有形文化財。現在は西脇情報未来館として一般公開されていますが、この時は休館中。設計者は内藤克雄。小野市・西脇市を中心とした北播磨で活躍した建築家で、先述の西脇小学校の設計をした人物でもあります。

2ときの郷 西脇 昭和11年










ときの郷。西脇 昭和11年。
かつてはT家の洋館だった建物。現在はワークグループ関連の団体が使用。設計は
内藤克雄。

3西脇市消防団第一分団本部 西脇  昭和10年










西脇市消防団第一分団本部(旧西脇消防屯所)。西脇。昭和10年。
4西脇市消防団第一分団本部










かつての名称の消防屯所は消防団の詰所のこと。消防署ではなく消防団の詰所にしてはかなり立派な建物です。
5西脇市消防団第一分団本部










玄関部分のペディメントにある消防団の紋章。設計は
内藤克雄。
ここから杉原川を渡り西方面へ。
6洋風商店建築 西脇










洋風商店建築。西脇。軒周りに装飾があります。現在は空家?
7旧池田薬局 西脇










旧池田薬局。西脇。細い道を挟んだ向かいにある洋風商店建築。現在は廃業のようです。
8西脇温泉 西脇










西脇温泉。西脇。第一分団本部の近くの銭湯。まだ現役のようです。

9岡本洋服店 西脇










岡本洋服店。西脇。全体的に採光部を大きく取った開放的な建物。当時は中々オシャレだった建物だったのでしょう。
さらに西へ向かい、市街地の外れに。

10播州織物工場事務所 西脇










恐らく播州織の工場事務所。木造2階建ての大きな建物。現在は民家。
11播州織物工場 西脇










工場事務所の背面には、当時のノコギリ屋根の工場棟が残ります。
一旦旧来住邸方面へ。
12旧水田産婦人科医院 西脇 










旧水田産婦人科医院。西脇。旧来住邸の西側にある建物。
13旧水田産婦人科医院










ここは診察室のある本館のようです。昭和初期頃でしょうか。
14旧水田産婦人科医院










背面には病室と思われる2階建ての建物がありました。
再び杉原川を渡り、そこから南下。
15高籠商店綿糸布倉庫 西脇 










高籠商店綿糸布倉庫。西脇。以前は手前側に事務所らしき建物があったようです。播州織関連の倉庫だったようです。

16棚倉邸 西脇










T邸。西脇。

17棚倉邸










典型的な洋館付き住宅ですが、付属の洋館は中々良い感じです。

18蛭田理研 西脇 昭和3年










蛭田理研。西脇。昭和3年。大正2年に織布と工業薬品の販売会社として設立した会社。

19蛭田理研










西脇市でも1・2を争う大規模かつレベルの高い洋館です。住宅街のど真ん中にあり、細い路地を抜けると突然現れるこの洋館を見ると度肝を抜かれます。
20蛭田理研










玄関部分。
ここから北上。
21看板建築 西脇










看板建築の町家。西脇。しかし薄っぺらいですね。
22看板建築










正面だと立派なタイル張りの壁面です。
23洋館付き住宅 西脇










洋館付き住宅。西脇。これは戦後建築かも。

24テラサワ文具センター 西脇










テラサワ文具センター。西脇。

25テラサワ文具センター










だいぶ改装されていますが、戦前の建物らしい面影が残されています。

26モルタル塗り洋風住宅 西脇










洋風住宅。西脇。
27モルタル塗り洋風住宅










外壁をモルタル塗りで仕上げています。
28モルタル塗り洋風住宅










外壁も単純に塗るのではなく、変化を持たせた仕上にしています。

29元料理屋か 西脇










元料理屋?西脇。玄関部分の意匠が和風で元料理屋のように見えますが、元々の用途は不明。
30元料理屋か










反対側は増築しているようですね。
31元料理屋か










玄関の持ち送り部分。

32集会所か










町屋建築に挟まれた小さな建物。

32藤井福織布株式会社 西脇










藤井福織布株式会社。西脇。住居の主屋に接続する洋館ですが、洋館部分が事務所になっています。
32藤井福織布株式会社










事務所部分。中々味のある建物です。

33南旭町公会堂 西脇










南旭町公会堂。西脇。今回は訪問してませんが、規模は小さいものの、同じ西脇市内の旧下比延公会堂や大伏公会堂と同じデザイン。
34南旭町公会堂










玄関に掲げられた「公會堂」の扁額。竣工当時の物でしょうか。

35天理教東西脇分教会 西脇














天理教東西脇分教会。西脇。和風建築の横に接続した洋風建物。2階窓の格子が中々良い感じ。

36宇野邸洋館 西脇










U邸。西脇。主屋の隣に建てられている大き目の洋風建築。1階が洋風ですが、屋根が伝統的な入母屋屋根なのが面白いです。

37播州織物工場事務所か 西脇










織物工場の建物。西脇。播州織の工場だったのでしょうか。この建物は事務所棟かな。
38播州織物工場










工場棟。お馴染みのノコギリ屋根。
39播州織物工場










今は稼動していないっぽいですが、当時の木造の建物が良く残されています。

40播州織物工場










これも工場の建物。

41高瀬邸 播州織物工場洋館事務所 西脇










T邸。西脇。当初は織物工場の事務所だったと思われる建物。
42高瀬邸 播州織物工場洋館事務所










洋風の建物で装飾は少ないですが、軒周りとかに意匠が見られます。
43高瀬邸 播州織物工場洋館事務所










持ち送り?の飾り。

44戦前のビルか 西脇










近くの気になったビル。

45森永カルダス販売所 西脇










森永カルダス販売所。西脇。昭和初期くらいでしょうか。当初の用途は不明。

46村上歯科医院 西脇 昭和13年










村上歯科医院。西脇。昭和13年。
47村上歯科医院










西脇市を代表する近代建築の一つ。1階部分が和風になっています。

48村上歯科医院










玄関脇には丸窓もあります。
49旧藤原歯科医院 西脇 昭和初期










旧藤原歯科医院。西脇。昭和初期頃。いかにも戦前の洋館と言った雰囲気ですが、やはり痛みが。かつては左隣にも戦前の洋風商店建築がありましたが、現在は失われています。
さらに北上し、西脇停車場線へ。

50洋館付き住宅 西脇










洋館付き住宅。西脇。見た感じ商店か事務所だったのでしょうか。現在は空家で主屋の方は崩壊寸前。いずれ取り壊されるものと思います。

51洋館事務所か 西脇










洋風商店建築。西脇。元は店舗か事務所だったのでしょうか。

52洋風商店建築か 西脇










その向かいにある洋風の建物。こちらも商店建築だったように思います。

53元播州織物工場事務所か 西脇










住宅地の中にある建物。西脇。背後に工場棟があることから、工場の本館だったと思われます。現在は民家。

54製薬工場跡 西脇










しばらく北へ向かった先にある廃工場。
55製薬工場跡










現在は廃墟となってますが、当時の建物が多数残されています。織物工場かと思いましたが、どうやら製薬工場跡だったよう。
ここから北へ坂を上ります。

56旧事務所建物か 西脇










洋館建物。西脇。昭和初期頃か。元事務所?郵便局に見えましたが、〒マークが見当たらなかったので別の建物だったっぽい。

57美喜亭 西脇














美喜亭。西脇。大正〜昭和初期頃か。
58美喜亭














造りから料理旅館だったようです。織物業で儲けた人たちが宴会してたんでしょうか。全体を写せる引きのアングルが撮影できる箇所に後から気づき、結局こんな写真しか残せず。
美喜亭街灯










玄関前にある照明。美喜亭の文字の横に消えかかった「料理」の文字。意匠を凝らした近代和風の名建築ですが、だいぶ傷んでいます。現在は廃業し民家となっていますが、いずれ無くなりそうな感じです。

59荒木邸 西脇










A邸。西脇。昭和初期頃か。1階部分は改変がありますが、全体的に戦前の洋風住宅の雰囲気が良く残されています。

このA邸の向かいが旧来住邸の敷地の一角。ようやく一周してきました。
西脇市内は事前の下調べで多くの近代建築が残されているのを確認して向かいましたが、探索した結果、参考にした他サイトにも載っていない多くの近代建築が残されていることが分かり、多くの成果を得られた探索となりました。
今回都合で訪問できなかった西脇小学校・
旧下比延公会堂・大伏公会堂・市原駅記念館は後日訪問したいと思います。

旧今田郵便局










古市の洋館付き住宅










旧今田銀行










帰りに丹波篠山市の今田地区・古市地区にある近代建築を探索。
※丹波篠山市今田地区・古市地区の近代建築。
昭和10年代の旧郵便局や明治期の擬洋風建築の旧銀行などを訪問。

玉の助1







お昼は丹波篠山市にある卵かけご飯専門店の「玉の助」へ。
玉の助2







卵は産みたての濃厚な味。卵は食べ放題ではなく5つまでの制限でしたが、3つで十分でした。薬味と合わせて3種類の醤油で食す卵かけご飯は美味しかったです。


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2021年09月07日

旧美方郡役所

旧美方郡役所










鳥取市内の近代建築探索からの帰宅の途中に立ち寄った建物。
明治27年、七美郡役所として建てられた洋館です。明治29年に美方郡役所となり大正15年まで使用されました。その後は林業事務所等にしようされましたが、昭和62年に現在地へ移築。
旧美方郡役所










現在は村岡民俗資料館まほろばとして使用されています。
旧出石郡役所







同じ兵庫県北部には酷似した明治25年築の旧出石郡役所の建物があります。


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丹波篠山市今田地区・古市地区の近代建築。

西脇市の近代建築の探索の帰り、丹波篠山市郊外の今田地区・古市地区の近代建築を探索してきました。
※西脇市の近代建築探索レポ日記は後日。


旧今田郵便局










旧今田郵便局。今田町下小野原。昭和10年代。

旧今田郵便局










最近までカフェとして利用されていましたが、現在は休業中。

古市の洋館付き住宅










古市地区の洋館付き住宅。昭和初期頃?


旧今田銀行










旧今田銀行。古市。明治期。
旧今田銀行










検索しても出てきませんでしたが、地元の有力者が開業した銀行と思われます。
旧今田銀行の情報は近代建築を取り上げた某ブログより。
旧今田銀行










旧今田銀行の建物は擬洋風建築といった感じでしょうか。窓周りが洋風ですね。
旧今田銀行










一見すると町屋か商家風の建物ですが、角に入り口を設けているところが普通の商家建築とは違う点ですね。
旧今田銀行










旧今田銀行の鬼瓦。水の文字があります。防火のおまじないでしょうか。
現在は民家として使用されていますが、明治期の地方の擬洋風建築の小銀行建築として、貴重な存在です。

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2020年09月06日

三田市の近代建築探索レポ日記

丹波篠山市やその周辺の市町村の近代建築探索はそこそこ行ったのに、そういえば三田市はまだ行ってないなという事に気付き、思い立っては吉日とやらで向かう事にしました。
まずは郊外の相野駅へ。

1旧相野郵便局 三田市下相野 明治32年










旧相野郵便局。三田市下相野。明治32年。新しく見えますが、明治期の古い郵便局です。
2旧相野郵便局










背後は町屋っぽいようで、看板建築みたいな感じ。軒飾りとかが良い。現在は喫茶店のようですが、結構似合ってますね。開店していたら入ってたな。ただ、Googlemapで見ても店舗表示が無かった。休業しているのかも。

三田市街へ。

3旧九鬼家住宅資料館 三田市屋敷町 明治8年頃










旧九鬼家住宅資料館。三田市屋敷町。明治8年頃。

4旧九鬼家住宅資料館










三田藩家老職の家柄だった九鬼家の当主・九鬼隆範が明治8年頃に建てたもの。

5旧九鬼家住宅資料館










1階が和風建築で2階が洋風という擬洋風建築ですね。内部も1階が和風、2階が洋風らしいです。1階は常時公開していますが、2階は期間限定の公開のようでこの日は公開してませんでした。

6大前邸 三田市屋敷町 大正から昭和初期










O邸。三田市屋敷町。大正から昭和初期頃か。立派な洋館が付属する大きなお屋敷です。

7大前邸










別角度から。

8前田邸 三田市屋敷町 大正12年 国登録










M邸。三田市屋敷町。大正12年。設計は西村伊作。

9前田邸










スパニッシュ風の白い洋館と広い庭がいかにもお屋敷と言った感じ。国登録有形文化財です。

10いこいの家さんだ 三田市屋敷町 昭和初期か










いこいの家さんだ。三田市屋敷町。昭和初期頃か。

11いこいの家さんだ










現在はNPO法人が使用していますが、建物の造りや門構えを見ると個人宅だったのでしょう。

12いこいの家さんだ










近くにM邸があることから、この一帯は高級住宅地だったのかもしれません。この建物も大きな建物です。

13若林邸 三田市三田町 大正から昭和初期










W邸。三田市三田町。洋館は大正から昭和初期か。

14若林邸










伝統的な日本建築の主屋に付属する白亜の洋館。商家の事務所だったのかも。

15旧岩木邸 三田市相生町 昭和初期か










旧I邸。三田市相生町。昭和初期。

16旧岩木邸










中々洒落た洋館住宅ですが、現在は空き家でだいぶ痛みが。

17旧岩木邸










リニューアルされて蘇ってほしい気はありますが、このままだといずれ取り壊しかも…
IMG_8175













玄関周りとかも結構凝ってていい感じなんだけどなぁ。
18旧辻井医院 三田市中町 昭和初期頃










旧辻井医院。三田市中町。昭和初期。ちょうど内装工事をしていて写真が撮りづらかったですが、玄関から内部がちらっと見えました。現在は個人宅のようです。
19旧辻井医院










2階の窓が特徴的。
20小島医院 三田市中町 昭和初期頃










小島医院。三田市中町。昭和初期。旧辻井医院のお隣さん。
IMG_8180










旧辻井医院と小島医院との並び。現代のスズラン灯も良いアクセントです。
21洋風看板建築 三田市中町 昭和初期










旧辻井医院と小島医院の近くにある商店建築。何となく気になったので撮影。
22廃洋館 三田市中央町 昭和初期










三田市中央町にある廃墟。
23廃洋館










造りからして元商店だったのかな。1階腰回りのスクラッチタイルから昭和初期かなぁと。この建物もいずれ消えそうな気がする…。

ここで、前から行きたかった「人と自然の博物館」へ。専用駐車場が無いことを知らずしばらくうろうろ。結局向かいのイオンに駐車…。
人と自然の博物館を後にし三田市郊外へ。
24旧木器郵便局 三田市木器 昭和5年










旧木器郵便局。三田市木器。昭和5年。
25旧木器郵便局










白亜の可愛らしい洋館です。今は個人宅?
さらに郊外へ。ここに素晴らしい洋館が…
26奥野邸 三田市川原 明治18年










O邸。三田市川原。明治18年。のどかな田舎の農村に突然現れる洋館と大きなお屋敷。
27奥野邸










秋景楼と呼ばれるこの擬洋風建築は当時大庄屋の家柄だった当主がサロンとして建てたもの。
29奥野邸










田舎の農村に突如現れた洋風の建物に当時の人は度肝を抜かれたことでしょう。当主は神戸の大工に依頼し、その大工は大阪の洋館を手本に建てたそう。それにしても明治初期に都市部ならまだしもこんな農村に洋館を建てちゃうセンス。もしかしたら前述の明治8年築の旧九鬼家住宅資料館を見て影響を受けたのかもしれませんね。
28奥野邸










洋館の正面と主屋側は洋風そのものですが、目立たない右側は伝統的な土蔵造り。
30奥野邸










そして正門の長屋門と一体化という珍しい造り。
31奥野邸










門は固く閉ざされてました。農村の田園風景に映える白亜の明治初期の擬洋風建築。素晴らしいものでした。

帰りにちょっと寄り道。
IMG_8210










丹波篠山市福住にある旧郵便局。恐らく大正から昭和初期のもの。
IMG_8212










現在は雑貨屋さんとして使用され、中にいたお姉さんと色々お話。
篠山市福江の洋館修復前










実はリニューアル前からこの建物は知ってて写真を撮ってました。
P1110183










P1110185










そして改装工事中の様子も…。
古い洋館がこうして再度リニューアルされて大切にされている姿を見ると嬉しくなりますね。




besan2005 at 19:37|PermalinkComments(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック
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