近代化遺産

2023年03月08日

京都市役所本庁舎屋上に残る高射機関砲座について。

1.外観全体










武田五一の設計により第1期工事の昭和2年と第2期工事の昭和6年に完成した京都市役所本庁舎。以前は建て替えの話もありましたが、本庁舎の歴史的価値が認められ、免震等の改修により保存が決定しました。その京都市役所本庁舎ですが、あることをきっかけに戦時中に高射機関砲が設置され、その高射機関砲座の遺構が残されていると知りました。

2.資料













所蔵書籍による記載。「語りつぐ京都の戦争と平和」より。これによると、京都市役所本庁舎の屋上にある円形のコンクリート構造物は、高射機関砲の砲座だったと書かれています。また、市内には西大路七条西、深泥池北の京都博愛病院の裏山、将軍塚、伏見区久我に高射砲陣地があり、これ以外にも花山天文台の南にも高射砲陣地があったことが判明しています。
京都市役所は近代建築という観点で何度も公私ともに訪れていましたが、高射機関砲座が残されていることは全く知らなかったため、それについては着目していませんでした。そこで近くですし用事がてら京都市役所へ向かう事にしました。

6.地上から










河原町通り側から見た京都市役所本庁舎。今まで気づかなかったですが、屋上に怪しい円形のものが見えます。

7.地上から










アップにしましたが、1ヵ所が開口しています。今まで新しく作られたタンクかなと思ってスルーしていましたが、これは確かに。近くで観察するために屋上へと向かいます。

16.屋上全体










京都市役所本庁舎の屋上は屋上庭園に整備され、平日であれば誰でも入ることができます。

3.東側砲台










京都市役所本庁舎東側の階段室の塔屋屋上にあるコンクリートの円形構造物。これが京都市役所本庁舎の屋上に残る高射機関砲座のようです。円形のコンクリート構造物は高射機関砲の障壁。
4.東側砲台障壁










拡大。コンクリートの型枠の感じを見ると、最近のものではなくやはり戦前の特徴を感じます。
11.平面図











京都市役所のHPで公開されていた本庁舎実施設計の平面図より引用。高射機関砲座の障壁は円ではなく、螺旋状になっています。これは恐らく開口部の前面を塞いで被害をより少なくするためと思われ、大牟田市の宮浦高射砲陣地の砲座の類例があるようです。
13.西側階段室内部










東側階段室塔屋の内部。屋上の高射機関砲座へと上がる梯子や階段は無いため、外付けの梯子で登ったのでしょう。その梯子が残ってないか探してみましたが、庭園側には痕跡はなく、裏側は入ることができないため、確認はできませんでした。

8.西側砲台










続いては西側階段室塔屋屋上の高射機関砲座。東側にある障壁は西側にはありませんが、円形の砲座は残されています。
9.西側砲台










西側階段室塔屋。
10.西側砲座上空













京都市役所HPの現在の市庁舎整備工事の写真より引用。ちょっと分かりづらいですが、確かに西側階段室塔屋屋上に円形の砲座が残されています。
12.改修前






こちらも京都市役所HPの市庁舎整備基本構想の写真より引用。改修前の京都市役所本庁舎の写真を見ると、本来は西側階段室塔屋の高射機関砲にも障壁があったことが分かります。
市役所古絵葉書001








所蔵の竣工時の京都市役所本庁舎。西側階段室塔屋の上部には何も無く、東側もそれらしい構造物が確認できないことから、本来は無かったものだということが分かります。
13.西側階段室内部










西側塔屋の内部にも屋上に上がる階段や梯子が無いことから、外付けの梯子で登っていたことが分かります。

市役所庁舎の建物を戦時中に防空砲台として利用した例として、大牟田市役所庁舎があります。こちらは高射機関砲座の他に防空監視哨や防空監視員詰所が残されています。恐らく戦時中に後から増築されたものでしょう。京都市役所本庁舎も防空監視哨があったはずだと思いますが、それらしい建物は見当たりません。

14.塔屋













恐らくですが、京都市役所はこの中央に建つ塔屋を防空監視哨及び防空監視員の詰所として利用したのではないでしょうか。高い構造物な上に開口部も小さめで都合が良かったのだと思います。ただし、大牟田市役所の方も中央に塔屋を建てていながら防空監視哨を造っているため、京都市役所にも本来は塔屋とは別の防空監視哨があった可能性もあります。

15.市役所から御所方面










京都市役所本庁舎から京都御所方面を望む。京都市に配置された高射砲陣地は京都市街の防空目的の他に京都御所の防空も重要任務だったのではないかと思われます。
京都市内の高射砲陣地2















最初に紹介した所蔵書籍に記述のある高射砲陣地と花山天文台南の高射砲陣地の場所を配置してみました。※花山天文台南の高射砲陣地に関しては、いつもお世話になっています盡忠報國様のブログ「大日本者神國也」に詳細なレポ記事があります。
右の古写真は国土地理院公開の航空写真より引用。分かったものだけ引用しましたが、はちょっと怪しいかも。
各高射砲陣地の位置を見ますと、市街地もですが、京都御所・梅小路機関区・京都駅など重要施設の防空を考慮した感じに思えますね。

京都市には空襲が無かったと思われがちですが、他の都市みたいな市街地丸ごと焼き尽くす大規模空襲は無かったものの、空襲自体は何度もありました。大きいものでは西陣・馬町・太秦の空襲があります。
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所蔵書籍「語りつぐ京都の戦争と平和」に記載のある体験談では、上京区と中京区の空襲では、高射砲の砲撃音を聞いたとあります。どこの高射砲かは不明ですが、場所的に一番近いのは京都市役所になります。この証言によるなら、防空砲台として機能はしていた可能性はあります。

今回確認した京都市役所本庁舎屋上の高射機関砲座の遺構ですが、京都市役所公開資料を見ますと、障壁がパース図や平面図に描かれており、市側は恐らく理解して保存したように思えます。もしそうだとするなら、是非解説板を設置して欲しいところですが…。
あと、防空監視員や高射機関砲部隊の戦時日誌等の資料による裏付けが欲しいところですので、もし現存しているのならぜひ確認してみたいところです。

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2023年03月05日

京都市右京区嵐山・嵯峨野界隈の近代建築探索レポ日記

渡月橋










日本や世界で有数の観光地、京都市右京区の嵐山・嵯峨野界隈の近代建築を探索してきました。
嵯峨嵐山は神社仏閣や渡月橋など、まさに京都と言ったイメージの観光地ですが、市内中心部より数は少ないものの、洋風建築の近代建築もいくつか残されています。今回はそれらを探索。
まずは、JR嵯峨嵐山駅の南側に位置する嵐山地区へ。

1.嵯峨郵便局 大正10年










旧嵯峨郵便局。大正10年。JR嵯峨嵐山駅の旧駅舎が取り壊された現在、嵯峨嵐山界隈では一番有名な近代建築かも。近年までクラフト工房の店として使用されていましたが、現在はイギリス式の紅茶とスコーンの専門店となっています。

嵯峨駅舎









取り壊し前に撮影したJR嵯峨嵐山駅の旧駅舎。明治28年築の洋風駅舎で、京都市内でも最古に当たる洋風駅舎でしたが、高架駅化工事に伴い残念ながら取り壊し。残っていたら、国登録有形文化財にはなってたかも。
渡月橋方面へ。

2.西邸










N邸。渡月橋の近くに切妻屋根の同じ形をした洋館が並んでいる一角があります。
3.嵐山の洋館住宅群










恐らく戦前に区画整理され分譲されたエリアのようです。
4.嵐山の洋館住宅群










この洋館は建売だったのでしょうか?
5.嵐山の洋館住宅群










多くの住宅は外観が改装されていますが、N邸は当時と思われる外観が保たれています。
6.ベランダ










このベランダの柵は当時の物でしょうか。
6.洋館住宅群の煉瓦










切妻屋根の洋館が建ち並ぶ向かいには赤煉瓦の基礎の板塀を持つ住宅が並びます。こちらも同じ形の住宅が並んでおり、当時の建物と思われます。
ここから少し東へ。

7.早川邸










H邸。2軒の洋館が1つになっている感じに見える住宅。右側の方は表札無しなので空き家のようですが、左側は表札有。しかし、住人かいるようには見えませんでした…
ここから北に上がり車折神社方面へ。

8.六宇洞 写経道場










六宇洞。隣にある報徳寺の関連の建物と思います。写経道場の看板が出てましたが、報徳寺の庫裏かも。
9.六宇洞










建物は寺院風のデザインの中に洋風の要素も含むちょっと珍しい外観。お寺の施設なので寺院風の外観にしつつも、住宅としての性格のある建物だから洋館っぽい外観も取り入れたんでしょうか。
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車折神社は枝垂れ梅が満開でした。
嵐山界隈の探索はここまで。次はJR嵯峨嵐山駅の北側、嵯峨野エリアへと向かいます。

10.HATA邸










H邸。住宅地の狭い道を進んだ奥まった所にある洋館。アメリカンスタイルっぽい外観の洋館です。
11.HATA邸










本格的な洋館で、しっかりとした設計者の手によるものに思えます。昭和初期でしょうか。
設計者が気になりますが、京都市近代化遺産調査報告書には記載がありません。

12.今井邸










I邸。ハーフティンバーのこちらも本格的な洋館住宅。
13.今井邸










こちらも大規模な洋館で、設計者が気になりますが、京都市近代化遺産調査報告書に記載なし。
見た感じは、あめりか屋設計の昭和初期の洋館に思えるのですが。

14.秋山邸










A邸。こちらも昭和初期と思われる洋館住宅。昭和初期に良く使われた丸窓が玄関部分にあります。
15.秋山邸










外観のデザイン的に、熊倉工務店の設計のように思えますが、これも京都市近代化遺産調査報告書に記載は無し。
16.秋山邸










裏側にベランダがあるようです。

これにて阿鷲山・嵯峨野界隈の近代建築探索は終了。嵐山地区は古くからの景勝地ですが、中流家庭向けと思われる分譲地に建つ洋館群が見られる一方、嵯峨野は本格的な大型の洋館が残り、高級住宅地だった可能性が考えられています。嵯峨野の3件の洋館はどれも本格的で、名のある建築家か建設会社が設計しているような印象ですが、どれも京都市近代化遺産調査報告書に記載はなく不明なのが残念です。


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2023年02月19日

京都市・西七条〜西京極〜西院〜壬生界隈の近代建築探索レポ日記

今回は京都市の西七条から西京極、西院、壬生界隈の近代建築探索をしました。
西院と壬生界隈の近代建築探索については、2019年11月27日に行っており、今回はその補足探索も兼ねていますので、過去記事の方もご覧ください。
京都市・二条〜西院〜壬生・大宮界隈の近代建築探索レポ日記

JR梅小路西駅からスタート。


1.第一工業製薬 下京区東久保町 昭和12年 










第一工業製薬本館。下京区東久保町。昭和12年。
2.第一工業製薬










3階建ての大きなオフィスビル。
6.第一工業製薬










かっては本館の横に同じ昭和12年築の工場棟と研究棟が建っていました。
3.第一工業製薬









工場棟と研究棟が建っていた頃の写真。だいたい20年くらい前。
4.第一工業製薬









現在は本館のみ残され、跡地にはマンションが建てられています。
このまま西へ。

7.日下部邸 下京区梅小路石橋町










K邸。下京区梅小路石橋町。洋館付き住宅ですが、洋館部分が大きく目立ち、主屋は控えめ。門柱も当時の物のようです。

8.旧工場か 下京区西七条中野町







旧工場。下京区西七条中野町。町工場でしょうか。和風の工場棟。
9.旧工場か







縦に長い建物です。

10.洋館付き住宅 下京区西七条南西野町










洋館付き住宅。下京区西七条南西野町。2棟の建物は接続しており、長屋的な構造になっています。

11.ハピネスハウス 下京区西七条比輪田町










ハピネスハウス。下京区西七条比輪田町。現在は何に使われているか不明。

12.岩井たばこ店 下京区西七条南衣田町










岩井たばこ店。下京区西七条南衣田町。七条通りには戦前の古い商店建築がちらほら残されていますが、このたばこ屋さんは戦前の文字とかが残っていて中々貴重。
13.岩井たばこ店










建物の雰囲気も良い感じですね。
14.岩井たばこ店










壁面にある「たばこ」の文字。軒周りの装飾も良い感じ。
15.岩井たばこ店










正面にはマークと「印判彫刻」「諸印刷」の文字があり、印刷関係の業務もしていた感じです。
ここから北上し右京区へ。

16.宝田工業 右京区西京極南庄境町










宝田工業。右京区西京極南庄境町。玄関側の角を丸く仕上げている手が込んでいる事務所建築。
17.宝田工業










こういったモザイクタイル張りの建物もあまり見なくなりましたね。
18.宝田工業










現在は使われていないようで空き家状態。良い建物だと思うので、再活用されればいいのですが。

19.京都友禅文化会館 右京区西京極豆田町 1968年










京都西陣文化会館。右京区西京極豆田町。戦後建築の昭和43年(1968年)の築ですが、レトロモダンなその雰囲気が気になって撮影。最近のアパートはポストモダン的な要素が多く、こういった純粋なモダニズム建築のアパートは少なく、やはりレトロな雰囲気を感じます。
20.京都友禅文化会館










かつてはモダンな建物だったこのアパートもすでに築55年。もう老朽化の影響が出ていそうな気がします。まだまだ入居できるようですが、今後どうなるか。

21.勝浦邸 右京区西京極西川町










K邸。右京区西京極西川町。主屋に2階建ての洋館が付属する住宅。もしかしたら、商店だったかも。
22.勝浦邸










喫茶リエは洋館の隣にある別の建物。

23.北尾邸 右京区西京極西川町










K邸。右京区西京極西川町。
25.北尾邸










外観は中々本格的な洋風。なんとなく元医院だった気がします。
24.北尾邸










立地は三角形の土地に建っているためか、不定形な形です。

26.旧西京極変電所 右京区西京極畑田町










旧西京極変電所。右京区西京極畑田町。現在の西京極変電所の横に建つ建物なので、建物の形などから変電所の旧建屋ではと思います。

27.旧西京極変電所










見た感じは昭和10年代の建築に見えます。取り壊さず倉庫か何かに再利用したのでしょうか。
ここから阪急に乗り西院へ。

28.京都市農業協同組合西院支部 右京区西院春日町










京都市農業協同組合西院支部。右京区西院春日町。農協の建物で、春日神社の隣にある建物。
29.京都市農業協同組合西院支部










元々は公民館とかそんな感じの建物だったのでしょうか。奥に洋館が付属しています。
次は東へ進み壬生方面へ。

30.理容那須 中京区壬生森町










理容那須。中京区壬生森町。外観はシンプルですが、中々味のある建物。

31.理容那須










いつまでも現役で続けて欲しいです。

32.芥川医院 中京区壬生森町










芥川医院。中京区壬生森町。前回訪問済みの建物。理容那須はこの芥川医院のすぐ近くで、なんで前回の探索で理容那須をスルーしてしまったのか。戦前の個人医院の洋館はどれも素晴らしいものが多いです。

33.芋松温泉 中京区壬生森町










芋松温泉。京都市中京区壬生森町。これも前回訪問済み。最近はこういう趣のある銭湯も減りましたね。

34.翠明荘 中京区壬生森町










翠明荘。中京区壬生森町。芋松温泉の向かいにある古いアパート。向かいなのに何故前回スルーしたのか。
35.翠明荘










で、このアパートですが、普通のアパートにしては雰囲気がなんか違う。
36.翠明荘










入口に唐破風が。あと玄関脇に意味深な丸窓とのぞき窓っぽいのが。
これ、遊郭関連の建物じゃないかと。普通、アパートの入口にこんな唐破風屋根は設けない。
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近くの通りには遊郭建築っぽい建物が並んでいたり。壬生には確かに壬生寺近辺に遊郭街があったそうですが、ここは少し離れているのが気になります。小規模な遊郭街が゛あったのでしょうか。
ここから二条駅方面へ。

37.植村邸 中京区壬生神明町










U邸。中京区壬生神明町。洋館付き住宅ですが、戦後かもしれません。

今回の探索はこれで終了。まだ未探索エリアだった西七条〜西京極界隈の物件を把握することができ、前回の探索で見逃した物件も埋めることが出来ました。

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2023年02月12日

奈良市内の近代建築補足探索レポ日記(2023年2月11日)

4年前の2019年1月12日に探索した奈良市内の近代建築ですが、その後記事にするにあたりチェックしたところ、4年前の探索範囲で結構見逃している物件が多くあり、今回改めて補完するため補足探索をしてきました。4年前の探索分の記事と合わせてご覧いただけたらと思います。
奈良市内の近代建築探索レポ日記(2019年1月12日)
また、有名物件なので何度も見ているけど、いつもスルーしていた建物もこの際なので紹介したいと思います。

今回は近鉄新大宮駅からスタートし、前回探索範囲をなぞる形で回っていきます。
1.水野邸 芝辻町







M邸。芝辻町。童話に出てくるような可愛らしい洋館が付属しています。

2.権隋邸 法蓮町







G邸。法蓮町。住人の方のお名前はとても珍しい名字。庭木の手入れをしている人がいたのであまり近づけませんでしたが、中々レベルの高い洋館です。
3.権隋邸







背面。窓の先端が尖る尖頭アーチっぽいデザイン。昭和初期頃でしょうか。

4.洋室のある和洋折衷住宅 法蓮町







洋室付き住宅。法蓮町。
5.和洋折衷住宅







見づらいですが、玄関脇に小さな洋室が付属しています。現在は空家のようでいずれ姿を消しそうです。

6.堂浦邸 法蓮町







D邸。法蓮町。2019年に探索した際に訪問したI邸のすぐ隣の住宅。何故見落としたんだろうか。小さな洋館ですが、前面にドンとあるので存在感があります。

7.佐保会館 北魚屋西町 昭和3年







佐保会館。北魚屋西町。昭和3年。奈良女子大学の同窓会館の建物。実は4年前の探索時にこれを見ているのですが、その時は何故か写真を撮らなかった。

8.波多腰邸 西笹鉾町







H邸。西笹鉾町。奥に大き目の洋館が見えますが取りづらい・・・。

10.旧南都銀行手貝支店 手貝町 昭和15年







旧南都銀行手貝支店。手貝町。昭和15年。国宝・転害門の隣にある銀行。昭和15年の銀行建築と言えば、RC造のモダニズム建築かもしくは古典建築が主流だったと思いますが、奥に見えている転害門との調和を考えてか、和風の木造建築となっています。近年リフォームされ、転害門観光案内所として使用されています。

11.洋風商店建築 手貝町







12.洋風商店建築 手貝町







旧南都銀行手貝支店と同じ通りに並ぶ洋風の看板建築。

13.鼓阪小学校講堂 雑司町 昭和11年







鼓阪小学校講堂。雑司町。昭和11年。転害門の裏、東大寺の敷地に隣接する小学校。そのためか、建物自体はRC造ですが、外観は日本建築。当時から歴史的な景観に関しての配慮があったんですね。

14.奈良ホテル







2019年の探索でも訪問した奈良ホテル。辰野金吾設計の名建築は言うまでもないです。
15.奈良ホテルの防空壕







今回訪問したのはこれを見るため。実はこれは防空壕。
16.奈良ホテルの防空壕







宿泊者を空襲から守るために造られた防空壕は、銅鑼で知らせたそうです。

15.活活邸 紀寺笠屋街







活活亭。紀寺笠屋町。昭和初期頃の洋館住宅を再利用した鰻料理店。
16.活活邸







割とリーズナブルな値段で食べられるお店だったようですが、ネットの情報では2020年から休業をしているらしく、私は訪問した際はちょっと荒れ気味で、もう廃業かもしれません。食べログの写真を見ると、1階は和室。2階へ上がる階段はセセッション風の手摺で、是非見たかったですが…。

17.濱田邸 高畑町







H邸。高畑町。2019年にも訪問し、記事にも書いてますが、4年前には存在した手前の民家が更地になっており、全体が見渡せる状態になっていました。

19.スクラッチタイルの門柱 高畑町







スクラッチタイルの門柱・塀柱。高畑町。奥の住宅は建て直されているようですが、門と塀の柱が昭和初期頃の感じに見えるので掲載。

20.松居邸 紀寺町







M邸。紀寺町。これと同じような小型の丘屋根の洋館が付属する住宅は、2019年探索時の高畑町のK邸にもありました。

21.洋館付き住宅群 紀寺町







洋館付き住宅群。紀寺町。3軒ほどあります。

22.松原邸 紀寺町







M邸。紀寺町。奈良市内の洋館が付属する住宅の洋館は、切妻屋根で妻側を向けているのが多いですね。

23.イケダ醤油煉瓦倉庫 肘塚町 明治〜大正







イケダ醤油煉瓦倉庫。北京終町。大正10年頃。京終駅へと向かう途中の住宅街にある大きな煉瓦建築。
24.イケダ醤油







妻側。

25.京終駅 京終町 明治31年







JR京終駅。京終町。明治31年。JR桜井線の駅。
26.京終駅







レトロな木造駅舎ですが、近年リフォームされ、駅員室は喫茶店となっています。
27.京終駅







ホーム側から。大切に使われているのはいいですね。
28.京終駅







京終は「きょうばて」と読みます。由来はかつての平城京の外れという意味。日本でも有数の難読駅名・難読地名ですね。この京終駅から電車に乗りJR奈良駅へ。京終駅から奈良駅は1駅。

29.旧奈良駅舎 三条本町 昭和9年







旧奈良駅舎。三条本町。昭和9年。RC造の駅舎ですが、外観は寺院の仏塔をイメージした和風の要素のある建物。2001年の立体交差化で取り壊しが検討されましたが、地元住民や観光客から保存を望む声が湧きあがり、2004年に北東へ18m曳家して保存することが決定。2009年に奈良市総合観光案内所としてオープンしました。
30.旧奈良駅舎







内部も和の要素を取り入れたデザインで、天井は折上格天井となっています。現役の頃に行ったことありますが、現在は観光案内所という性格か寺院建築の柱や梁を模したオブジェとかが置かれてちょっと邪魔かな・・・。ちなみに建物内にはスタバもありますので、一息つくにはいい感じの建物です。

31.羽田邸 杉ヶ町







H邸。杉ヶ町。
32.羽田邸










もしかしたら、事務所建築だったのかもしれません。表札は一応ありましたが、上から消されているような感じにも見え、空き家かもしれません。

33.三条会館ビル 旧帝国実業貯蓄銀行 角振町 大正12年













三条会館ビル。角振町。大正12年。元は帝国実業貯蓄銀行。奈良市の繁華街である三条通りに面するレトロビル。昔から知られている建物で、幾度もテナントが変わり改修もされてきました。現在はうどん屋さんが入っています。

34.南都銀行本店 大正15年










南都銀行本店。橋本町。大正15年。設計・長野宇平治。旧六十八銀行奈良支店だった建物で、三条通りのランドマークと言える建物であり、奈良市を代表する近代建築。
35.南都銀行本店










京都市内もですが、20年ほど前はまだ戦前の古典様式の銀行が多く残されていましたが、銀行の合併や再編で10年ほど前から次々と姿を消し、今では貴重な存在となっています。この南都銀行本店は大切に保存されているようです。

36.日本聖公会奈良基督教会 登大路町 昭和5年










日本聖公会奈良基督教会。昭和5年。登大路町。まるで寺院のような教会。奈良という土地に合わせて寺院風の建築で建てられているのが面白いですね。

0.旧大阪電気軌道富雄変電所 富雄北 大正3年







旧大阪電気軌道富雄変電所。富雄北。大正3年。2023年1月29日の富雄丸山古墳現地見学会に行った際に訪問。保存運動があり、以前はレストランとして再利用されていたみたいですが、現在は再び空き家となっているようで、今後どうなるかが気になります…。

これで奈良市内の近代建築の補足探索は終了。一応把握している建物は廻れたかなと思います(奈良国立博物館は有名すぎるのでスルー)。しかし、まだ場所を把握していない物件が少しあり、また新たな物件が見つかる可能性もあるので、それからまた溜ったら再度補足探索をして追加記事を書きたいと思います。奈良市と洋風建築って中々結びつかないように見えますが、結構残されていたりしますので。

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奈良市内の近代建築探索レポ日記(2019年1月12日)

奈良市内の近代建築探索のレポ日記です。今から4年前の2019年に1度探索を行いましたが、その後改めてチェックすると、結構スルーしている物件が多く、2023年2月11日に補完するための補足探索を行いました。そこで2019年1月12日の探索分と補足探索である2023年2月11日の探索分の2つに記事を分けることに。今回は2019年1月12日の探索レポ日記です。
2023年2月11日の補足探索レポ日記の記事はこちら

近鉄奈良駅から移動し、まずは奈良市内の西側からスタート。

1.スクラッチタイルの洋館 芝辻町










M邸。芝辻町。
2.スクラッチタイルの洋館













スクラッチタイル張りの背の高い洋館。軒周りの装飾が良い感じです。


3.松村邸 北市町 昭和初期













M邸。北市町。これはまた雰囲気のある洋館。
4.松村邸










一部改装されていますが、ドイツ風っぽい良い感じの洋館。昭和初期頃。
5.松村邸













入り口部分も凝ってますね。ここから北上。

6.洋館付き住宅 法連町










洋館付きの住宅。法蓮町。
7.洋館付き住宅










洋館付き住宅は割と見ますが、この住宅の洋館は結構大型。腰回りは板張りでデザインも凝ってます。表札が取り外されていてもしかしたら空家かも。

9.長谷邸










H邸。法蓮町。先ほどの洋館付きの住宅から同じ通りを少し北上した所にある住宅。
洋館のデザインに少しだけ差があるのみで、洋館の外観や規模、奥の主屋も含めてほぼ同じ。一体は分譲住宅地だったんでしょうか。

10.稲田邸 法連町










I邸。法蓮町。1階が洋館で2階が和風建築の和洋折衷住宅。
12.洋館住宅 多門町










洋館住宅。多門町。大きく取られた窓が特徴的です。

13.二塚・今西邸 多門町










F邸。多門町。
11.稲田邸










先ほどのI邸とよく似た造りの和洋折衷住宅です。

14.洋館付き住宅










T邸。東包永町。洋館自体はそこまで大きくないですが、主屋が小さめで路地が狭いため、大きく見えます。

15.廃屋の洋館住宅 西笹鉾町










廃屋の洋館。西笹鉾町。すでに廃墟化しており荒れていますが、結構立派な洋館です。
16.廃屋の洋館住宅










元は医院だったのかもしれません。昭和初期頃でしょうか。
※2023年2月11日、消失を確認しました。

17.旧奈良警察学校 西笹鉾町 昭和16年










旧奈良警察学校。西笹鉾町。昭和16年。

18.旧奈良警察学校










元は警察学校という建物ですが、外観は昭和初期の小学校建築っぽいです。

19.旧奈良警察学校










玄関部分の車寄せとかいかにも昭和戦前期といったデザイン。現在は天理教関連の施設として使用。


20.吉田邸 半田西町










Y邸。半田西町。
21.吉田邸










どことなく土蔵っぽい雰囲気を持つスクラッチタイルの洋館。

22.旧鍋屋交番 半田横町 昭和3年










旧北魚屋町交番。半田横町。昭和3年。現在は案内所として使用されています。

23.奈良女子大学本館 宿院町 明治42年










奈良女子大学本館。宿院町。明治42年。

24.奈良女子大学










※奈良女子大学の写真は2019年4月30日の一般公開の際に撮影したものです。
女子大の建物らしく、瀟洒で可憐な美しい洋館。国指定重要文化財。
26.奈良女子大学守衛所 明治42年










奈良女子大学守衛所。明治42年。
25.奈良女子大学奉安殿 昭和9年










敷地内には昭和9年に建てられた奉安殿が現存しています。
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本館1階廊下。
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1階部屋。
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2階講堂。2019年4月30日の奈良女子大学一般公開の際のレポ日記は改めて別記事にて書きたいと思ってます。

27.中西邸 登大路町










N邸。登大路町。昭和初期頃のかなり大型の洋館。

28.中西邸










どことなくスパニッシュの雰囲気を持ちつつも控えめな装飾の洋館は、京都の分譲住宅で多く建てられた熊倉工務店やあめりか屋っぽさを感じますがどうでしょうか。
29.中西邸










側面。
30.中西邸










アーチ窓にはステンドグラスがありました。

32.洋館付き住宅 今在家町










洋館付きの住宅。今在家町。擬石洗い出しの荒壁仕上の小さな洋館が付属しています。

33.江戸川ならまち店 下御門町










江戸川ならまち店。下御門町。かなり大きなお屋敷を飲食店に再利用した建物。洋館部分は応接室だったのでしょうか。

34.旧奈良県物産陳列所 登大路町 明治35年










旧奈良県物産陳列所。登大路町。明治35年。奈良公園内にある和洋折衷の名建築。国指定重要文化財。

35.喜多邸 芝辻町 大正14年










K邸。芝辻町。大正14年。
36.喜多邸










食用細菌の研究を行っていた会社のオーナーの住宅だった洋館。
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P1030600










工場の建物も残されていて、現在はカフェとして使用されています。

37.旧奈良市水道計量器室 東之阪町 大正11年













旧奈良市水道計量器室。 東之阪町。大正11年。現在は使われておらず、史跡といった形で残されています。

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旧奈良監獄。般若寺町。明治42年。貴重な明治の監獄建築。設計は山下啓次郎。奈良少年刑務所の閉鎖により、ホテルとして再活用されることになり改修前の一般公開が2018年11月24日に行われました。
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地下や中庭は中世ヨーロッパの古城のような雰囲気でした。旧奈良監獄の一般公開のレポ日記は別記事にしていますので、そちらをご覧ください。
※旧奈良監獄・一般公開見学レポ日記

38.奈良ホテル 高畑町 明治42年 辰野金吾










奈良ホテル 高畑町。明治42年。辰野金吾設計の名建築。
P1030561










ラウンジ。
P1030576










階段室の天井。
P1030560













奈良ホテルといえば、この赤膚焼の擬宝珠が有名ですね。奈良ホテルに関しては
また別記事にしたいかなと。
15.奈良ホテルの防空壕







※2023年2月11日撮影。
奈良ホテルの敷地内には防空壕も残されています。これは補足編で触れます。

39.ゲストハウスたむら 高辻町










ゲストハウスたむら。高辻町。洋館付きの住宅を宿泊施設に再利用したもの。割と手ごろな値段で宿泊でき、この洋館内で手作り朝食を頂けるようで、いつか泊まってみたいかなと。
ここから、高畑町の住宅街へ。

40.並川邸 高畑町










M邸。高畑町。ログハウス風の洋館。

41.旧足立邸 高畑町 大正6年










H邸。高畑町。
42.濱田邸










昭和初期頃の洋館でしょうか。
17.濱田邸 高畑町







2023年2月11日の補足探索時に再度訪問したら、前の住宅が更地となり、洋館の全体が確認できるようになってました。
42.旧足立邸正門










旧足立邸。高畑町。大正8年。洋画家・足立源一郎の自邸として建てられた洋館。昭和3年に洋画家・中村義夫が譲り受け自邸としました。
18.旧足立邸







現在は「たかばたけ茶論」という喫茶店になってますが、開店が14;00からと待っていられないので、敷地外から撮影して終了。

43.河井邸 高畑町










K邸。高畑町。

43.青山邸 高畑町










A邸。高畑町。鎧戸のある洋館。

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T邸正門・塀。高畑町。かなり立派な門と塀のある住宅。奥の住宅は最近のものですが、この門の立派さを見ると、かつては相当な洋館が建っていたのかもしれません。

44.高畑町の煉瓦塀










煉瓦塀のある長屋。高畑町。

45.洋館住宅 高畑町










表札不明の洋館。高畑町。

46.洋館住宅 高畑町










洋館住宅。高畑町。昭和初期頃と思われる大きな洋館住宅。
47.洋館住宅










表札が外されており、現在は空家のようです。
48.洋館住宅










側面。マントルピースの煙突があることから、内部も手が込んでいそうです。
49.洋館住宅










ステンドグラスもありました。このまま空き家状態で失われていくのは勿体ないなぁ。

50.洋館住宅 高畑町










洋館住宅。高畑町。もしかしたら戦後かもしれませんが、一応掲載。

51.洋館住宅 高畑町










洋館住宅。高畑町。2階窓が鎧戸です。

52.平屋の洋館住宅 高畑町










平屋の洋館住宅。高畑町。旧足立邸の向かいにありました。
高畑町を後にし、近鉄奈良駅方面へ。

寛永堂










寛永堂。東向中町。元銀行だそうで、内部に装飾を施した柱が残されています。


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これにて2019年の奈良市内の近代建築探索レポは終了。今回探索した範囲で見逃した物件と有名すぎていつも撮影せずスルーしていた建物を含めて4年後の2023年に補足探索を行いましたので、次回はそちらのレポ日記を書きたいと思います。

6奈良市内某所の廃洋館













※建物の性格上、具体的な場所は明かせませんが、奈良市内に明治〜大正期築の大型の洋館の廃墟が存在します。
13奈良市内某所の廃洋館













廃墟化してかなり荒れてますが、外観を見てもかなりハイレベルな洋館と分かります。
17奈良市内某所の廃洋館










室内にはマントルピースやシャンデリアの座繰りが残されており、その豪華さが伺えます。奈良市内の戦前の洋館住宅としては、古さ・規模・デザイン性ともに随一かと思われます。
以前訪問した際のレポ日記を別記事にして書いております。
奈良市内某所にある明治〜大正期築の廃墟の洋館・探索レポ日記
※具体的な場所はお答えできません。以前、荒らしに近い無礼なコメントがあり、リンク先の記事のコメント欄は閉じています。当記事でも同様のコメントに関しては即削除します。



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2023年01月22日

姫路市網干区の近代建築探索レポ日記

去年2022年12月29日に行った、たつの市の近代建築探索の翌日、12月30日に行った姫路市網干区の近代建築探索レポ日記です。ちなみにちょうど1年前に姫路市の市街地の近代建築探索を行ってまして、ブログ記事にもしておりますので、そちらもご覧ください。
スタートは山陽電鉄網干駅。そこから南下し東へと向かいます。


1.網干商工会館 興浜 昭和15年







網干商工会館。興浜。昭和15年。
2.網干商工会館







中々良い感じの洋館ですが、残念ながら去年の11月に閉鎖。もう少し早ければ。
3.網干商工会館







玄関ドアから内部。内部も当時の雰囲気が残されています。この建物も近いうちに取り壊されるようです。別サイトで内部の写真がありましたが、一度見てみたかったくらいの室内でした。

4.丸万料理鮮魚店 興浜







丸万料理鮮魚店。興浜。金比羅神社のすぐ横にある鮮魚店。かつては料理旅館だったのではと思います。現在も鮮魚販売だけでなく、魚料理の仕出しもしているようです。


5.旧山本邸 興浜 大正7年







旧山本家住宅。興浜。大正7年。旧網干銀行の創業者の邸宅。
6.旧山本邸







毎月2回、日曜日に公開しているようです。

7.知原眼科 新在家







知原眼科。新在家。
8.知原眼科







大正〜昭和初期くらいでしょうか。

9.旧網干銀行本店 新在家 大正12年







旧網干銀行本店。新在家。大正12年。網干区で一番有名な近代建築。さすがに存在感があります。以前は洋品店でアーケードが邪魔していましたが、現在はアーケードも撤去され見やすくなってます。現在は湊倶楽部というフレンチレストランですが、ランチのお値段が4500円で断念…。

10.旧長久医院 余子浜 昭和5年







旧長久医院。余子浜。車が・・・・
11.旧長久医院







別角度から。昭和初期くらいですかね。

12.旧銭湯 余子浜







旧銭湯。余子浜。現在は閉業。

13.林商店 余子浜







林商店。余子浜。2階部分が洋風です。

14.金井時計店 新在家







金井時計店。新在家。装飾に富んだ見ごたえのある看板建築。
15.金井時計店







軒の装飾。ちなみに隣にも看板建築がありますが、改修中でした。

16.旧赤穂塩務局網干出張所 新在家 明治33年頃







旧赤穂塩務局網干出張所。新在家。明治33年頃。かつて塩の販売は専売制でした。その名残の洋館。さすが役所の建物だけあって立派です。
17.旧赤穂塩務局網干出張所







別角度から。
18.旧赤穂塩務局網干出張所













廊下。現在は東京電機工業の本館で、国登録有形文化財。
19.旧赤穂塩務局網干出張所倉庫







木造倉庫もいくつか残されています。

19.旧タムラ技研本社 新在家







旧タムラ技研本社。新在家。外観は洋風に改装している町屋建築。現在は民家のようですが、大切に使われています。

20.大和産業 新在家







大和産業。新在家。敷地奥に気になる建物がありました。モダニズム建築ですが、バットレスの感じから昭和10年代っぽく見えます。

21.ダイセル化学工業姫路製造所網干工場・旧外国人技師住宅







ダイセル化学工業姫路製造所網干工場旧外国人技師住宅。新在家。明治43年。日本セルロイド人造絹糸の時代に外国人技師の邸宅として建てられた洋館。設計は設楽貞雄。近年の整備で異人館として見学可能になりました。
22.ダイセル化学工業姫路製造所網干工場・旧外国人技師住宅







アメリカンスタイルの素敵な洋館。
24.ダイセル化学工業姫路製造所網干工場・旧外国人技師住宅







内部を見学したいですが、平日じゃないとダメみたい。

25.ダイセル化学工業姫路製造所網干工場・旧外国人技師住宅







ダイセル化学工業姫路製造所網干工場旧外国人技師住宅。明治43年。異人館のすぐ近くに建つ洋館。ひちらも異人館と同様に外国人技師の邸宅として建てられました。こちらはダイセル網干工場の迎賓館となっているため見学不可。設計は同じく設楽貞雄。

26.ダイセル化学工業姫路製造所網干工場・旧外国人技師住宅







ダイセル化学工業姫路製造所網干工場旧外国人技師住宅。明治43年。こちらは平屋建て。
27.ダイセル化学工業姫路製造所網干工場・旧外国人技師住宅







2階建てのアメリカンスタイルの洋館と違い、こちらはコロニアル様式っぽい感じで、やや古風に見えます。
28.ダイセル化学工業姫路製造所網干工場・旧外国人技師住宅







正面バルコニー。
29.ダイセル化学工業姫路製造所網干工場・旧外国人技師住宅







現在はダイセル網干工場社員のレクリエーション施設となっています。

30.ダイセル化学工業姫路製造所網干工場事務所 新在家







ダイセル化学工業姫路製造所網干工場事務所。新在家。
31.ダイセル化学工業姫路製造所網干工場







ダイセル化学工業姫路製造所網干工場建物。ダイセル網干工場の敷地内には戦前の建物が今でも残されています。

36.ダイセル化学工業姫路製造所網干工場発電所







ダイセル化学工業姫路製造所網干工場旧発電所。新在家。明治43年。大きな煉瓦造の建物。

32.旧岡田燐寸製造所倉庫 新在家 昭和初期







旧岡田燐寸製造所倉庫。新在家。昭和初期。まるで取り残されたかのように存在する煉瓦の倉庫。
33.旧岡田燐寸製造所倉庫







かつて姫路市周辺にはマッチ工場がいくつもありました。この煉瓦倉庫はその名残です。
34.旧岡田燐寸製造所倉庫







周りの建物は建て替えられましたが、この煉瓦倉庫だけがそのまま残されている感じ。
35.旧岡田燐寸製造所倉庫







裏側。現在は大和産業の危険物倉庫となっていますが、倉庫の周囲が整備されているように見えます。現在の大和産業の前身が岡田燐寸製造所であり、もしかしたら記念碑的な感じで残しているのかもしれません。もしそうなら、説明板とか置いて欲しいですね。

以上で姫路市網干区の近代建築探索は終了。すでに知られている物件ばかりで新たな発見はありませんでしたが、それでも優れた近代建築に出会えた良い探索となりました。


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2023年01月21日

京都市上京区(御所周辺〜西陣)の近代建築探索レポ日記

2019年5月11日に探索した御所〜西陣までの近代建築探索レポ日記です。一部、それ以前に訪問し現在は失われている建物も合わせて紹介します。上京区は物件が多く今回の記事はかなり長くなります。それでも全ては抑えきれていませんが。

さて、上京区の近代建築探索ですが、まず左京区の建物を2つほど。
1.洋館付き商店 左京区聖護院川原町










洋館付き住宅。左京区聖護院川原町。1階部分に貼られまくってるポスターがちょっと邪魔ですが、洋館はいい感じかと。

2.十両 左京区聖護院山王町










十両。左京区聖護院山王町。
3.十両










料理屋さんのようですね。

ここから上京区へ。
4.旧京都中央電話局上分局 上京区駒之町 吉田鉄郎 大正13年










旧京都中央電話局上分局。駒之町。大正13年。吉田鉄郎設計の有名な建物。以前は博物館でしたが、現在はスーパーになっています。

5.高嶋医院 上京区俵屋町










高島医院。俵屋町。
6.高島医院













この洋館が診察室だったんでしょうか。

7.旧第一銀行丸太町支店 上京区東東椹木町 昭和2年 西村好時










第一銀行丸太町支店。東椹木町。昭和2年。こちらも有名。設計は銀行建築を多く手掛けた西村好時。


8.石田・新井邸 上京区新烏丸頭町










I・A邸。新烏丸頭町。

9.石田・新井邸










洋館付きの住宅が並んでいます。

10.高木邸 上京区松蔭町 昭和7年 藤井厚二










T邸。松蔭町。昭和7年。
11.高木邸










あの藤井厚二の設計です。

12.吉田商店 上京区荒神町













吉田商店。荒神町。昭和初期らしい洋風の商店ビル。よく見たら裏側の屋根が丘屋根ではなく切妻風の屋根でシャレてます。
13.西川薬品 上京区宮垣町










西川薬局。宮垣町。看板建築でいいのかな?

14.岡村邸 上京区東桜町










O邸。東桜町。昭和初期。ハーフチンバーの大きな洋館。
15.岡村邸










こんな凄い洋館が街中に残されているのは京都ならではかもしれませんね。

16.石田邸 上京区東桜町










I邸。東桜町。煉瓦塀の住宅。

17.京都府立医科大学附属旧図書館上京区梶井町 昭和4年 










京都府立医科大学旧図書館。梶井町。昭和4年。これも有名な建物。ゴシックアーチがいかにも大学の建物っぽいですね。
京都府立医大講堂









かつては旧図書館の前に講堂がありました。写真は20年前くらいに撮影したもの。
この日は室内には入れませんでしたが、階段は登ることが出来ました。
18.京都府立医科大学附属旧図書館 










ゴシックアーチの玄関を入ると、1階階段があります。
19.京都府立医科大学附属旧図書館 










2階階段室。
23.京都府立医科大学附属旧図書館 










レトロな傘立て。
21.京都府立医科大学附属旧図書館 













入り口のドア。
20.京都府立医科大学附属旧図書館 










3階階段室。
22.京都府立医科大学附属旧図書館 













3階のゴシックアーチの窓。いい感じですね。

24.二宮邸 上京区宮垣町










N邸。宮垣町。
26.宮垣邸










大きめの洋館が付属する住宅。

27.旧山口玄洞邸 上京区梶井町 大正12年










旧山口玄洞邸。梶井町。大正12年。
28.旧山口玄洞邸










武田五一設計の名建築。巨大な玄関車寄せが特徴の洋館。
29.旧山口玄洞邸










玄関のステンドグラス。
30.旧山口玄洞邸










この大きな洋館は内部も贅を尽くした素晴らしいものだそうですが、現在、聖トマス学院の所有となっており、残念ながら非公開。内部、見てみたいなぁ。
31.旧山口玄洞邸










離れの建物。倉庫だったかな?

32.聖ドミニコ女子修道院 上京区梶井町










聖ドミニコ女子修道院。梶井町。ここもかつてのお屋敷だった模様。奥に洋館が見えます。

33.上山邸 梶井町










U邸。突抜町。和洋折衷の住宅ですね。

34.石崎邸 上京区新夷町 大正15年 藤井厚二










I邸。新夷町。大正15年。藤井厚二の設計。
35.石崎邸










玄関部分。煉瓦敷の階段がいいですね。

35.三共不動産 梶井町










三共不動産。梶井町。昭和初期くらいでしょうか。

35.了徳寺洋館 梶井町 旧伏見宮邸 昭和2年










旧伏見宮邸。梶井町。昭和2年。近年まで了徳寺の所有で荒れ放題でしたが、現在は真宗大谷派の所有。洋館もかなり傷みが目立ちます。
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「昭和大礼京都府記録」に掲載されている伏見宮邸の洋館内部の写真。さすが宮家のお屋敷だけあって内部も豪華。このまま朽ちるのは惜しいですね。

36.塩路邸 梶井町










S邸。梶井町。鴨川に面して建つ洋館住宅。

36.山本邸










Y邸。梶井町。S邸の隣に建つ洋館住宅。
36.山本邸 梶井町










鴨川側から見ると、より雰囲気を感じられます。

 36.藤田邸 扇町 










F邸。扇町。
37.藤田邸













中々存在感のある洋館です。

38.木村邸 突抜町










K邸。突抜町。奥に良い感じの洋館があります。

39.洋館付き住宅










洋館付き住宅。すいません。場所を失念しました。

40.石野邸 藪之下町










I邸。藪之下町。
41.石野邸










結構変化に富んだ見所のある昭和初期の洋館住宅です。

43.鈴木邸 桜木町










S邸。桜木町。これは本格的な洋館ですね。煉瓦の門柱と塀も合わせて、結構なお金持ちが建てた感じが。内部もさぞかし立派な造りなんでしょうね。個人宅だから無理だけど見てみたいなぁ。

44.洋館住宅 相国寺門前町










洋館住宅。相国寺門前町。
45.洋館住宅










同じデザインの洋館住宅が2棟並んでいます。

長田学舎2










長田学舎。相国寺北門前町。RC造と思われる和風建築。
長田学舎 相国寺北門前町










現在は演劇関係の施設として使用されてますが、2階窓が伝統的な寺院建築の花頭窓だったりと、元は相国寺の関連施設だったのかなと思います。

京都大学室町寮 竹園町 昭和17年







京都大学室町寮。竹園町。昭和17年。
京都大学室町寮2







吉田寮もですが、京都大学って戦前からの古い寮を今でも使ってますよね。しかし、何とも雰囲気のある建物。まるでタイムスリップしたかのよう。
京都大学室町寮3







入口も当時のままで雰囲気あります。

46.勝間邸 柳図子町 大正13年 藤井厚二










K邸。柳図子町。大正13年。こちらも藤井厚二の設計。

47.バザールカフェ 岡松町










バザールカフェ。岡松町。大正8年。宣教師の住宅としてヴォーリズ建築事務所が設計した建物。現在はカフェとして使用されています。

48.宇之助 築山北半町










宇之助。築山北半町。現在はお弁当屋さんの洋館付き住宅。

49.焼肉ホルモンニューみよし 北公次室町










焼肉ホルモン・ニューみよし。北公次室町。少し前までは空き家だった気がします。大型の商店建築で行く末が気になってましたが、新たな店舗が入って良かったです。

50.旧柳本邸 観三橘町 昭和4年 上野伊三郎










旧柳本邸。観三橘町。昭和4年。知る人ぞ知る有名物件。
51.旧柳本邸










設計者の上野伊三郎はブルーノ・タウトと深い関わりがあった建築家として知られています。

52.松浦邸 観三橘町










M邸。観三橘町。昭和初期頃の白亜の洋館。

62.室町通りの旧理髪店













理容キタムラ。北小路室町。大正期と言われるレトロな理髪店。1階が洋風で2階が和風なのが雰囲気あっていいですね。現在は廃業みたいですが。

56.山内邸 元土御門町 大正11年










Y邸。元土御門町。大正11年。
57.山内邸










付属の洋館、結構大きいですね。応接室だと思いますが、経営者の邸宅だったんでしょうか。

58.下川邸 仲之町










S邸。仲之町。こちらも立派な洋館が付属するお屋敷。

60.山本邸










Y邸。一松町。
59.山本邸 一松町










昭和初期頃でしょうか。大きな洋館住宅です。
61.山本邸













門は和風なんですね。


63.キョーラク 龍前町













キョーラク。龍前町。大正〜昭和初期頃。タイル張りの洋館事務所。


64.野村邸 西橋詰町










N邸。西橋詰町。主屋に付属する洋館ですが、洋館の方がデカくて主屋の存在感が薄くなってますね。

65.きらく堂薬局 大黒町










きらく堂薬局。大黒町。元は町工場の事務所でしょうか。

66.福本邸 菱屋町










F邸。菱屋町。元は個人医院かなと思われる洋館住宅。

68.木村邸 天秤町










K邸。天秤町。京都市内ではまだまだよく見かける平屋の小洋館付きの住宅。
69.木村邸













小さい洋館ですが、丁寧な仕事だと思います。

70.無風洞 中務町










無風洞。中務町。一応公式サイトがあり、藤井厚二の設計による洋館住宅らしい。しかし、建築年とかの記述がなく不明。

71.松永邸 松之下町










M邸。松之下町。和洋折衷な大きい住宅。

73.協織株式会社 元伊佐町 大正10年










協織株式会社。元伊佐町。大正10年。ここから西陣地区。西陣界隈はやはり織物関係だった建物が多く見られますね。

74.旧西陣織物館 大正3年 本野精吾










旧西陣織会館。元伊佐町。大正3年。本野精吾の代表作として知られる建物。現在は京都市考古資料館。

75.旧西陣織物会館事務所 元伊佐町 昭和11年













旧西陣織物会館事務所。昭和11年。考古資料館の背後にあるビルも戦前建築。モダンな建物です。現在は京都市埋蔵文化財研究所の事務所。

76.旧西陣小学校 幸在町 昭和10年








旧西陣小学校本館。幸在町。昭和10年。
77.旧西陣小学校








戦前の学校建築ってなんでこんなに素敵なんだろうなぁ。

78.BARBERやまぎし 下石橋南半町










BARBARやまぎし。下右橋南半町。ちょっと気になった理髪店。

79.昌栄織物 如水町










昌栄織物。如水町。洋館付き住宅が会社の事務所として使われている形です。

80.浅田商店 聖天町










浅田商店。聖天町。これも素敵な洋館の商店建築。
81.浅田商店










こういう建物、ずっと残ってほしいなぁ。

82.浄福寺診療所 大黒町










浄福寺診療所。大黒町。
83.浄福寺診療所








昭和初期頃の診療所。スクラッチタイルの外壁がいいですね。

84.洋館付き住宅 聖天町










洋館付き住宅。聖天町。こちらは一体化してますね。そのせいかモダンに見えます。

85.理容室いこい 大猪熊町










理容室いこい。大猪熊町。京都市内には戦前の洋風理髪店が割と残ってますね。

86.國定織物 大猪熊町










國定織物。大猪熊町。奥にレベルの高い付属洋館があります。
87.國定織物










洋館には凝った装飾が。

88.三上邸 牡丹鉾町













M邸。牡丹鉾町。現在は個人宅ですが、かつては事務所とかだったのでしょうか。昭和初期頃かな。

90.吉岡邸 末広町










Y邸。末広町。

91.山田立志堂 南上善寺町













山田立志堂。南上善寺町。かつては時計店だった昭和初期頃のビル。

92.西陣接骨鍼灸院 三軒町










西陣接骨鍼灸院。三軒町。軒周りに凝った装飾のある建物。1階部分とかかつてはもっと装飾に富んでいたのかもしれません。

93.茨木邸 二番町










I邸。二番町。大きな洋館が付くお屋敷です。

京都市上京区、御所界隈〜西陣までの近代建築探索はここまで。ちなみに中京区になるのでここでは取り上げませんでしたが、隣接した界隈の過去の探索分を記事にしてますので、合わせてご覧ください。
京都市中京区(二条城〜四条〜御所南界隈)近代建築探索レポ日記
京都市中京区(旧待賢小学校〜旧新道小学校界隈)の近代建築探索レポ日記

さて、この4年の間に今回の探索界隈でも失われた近代建築はいくつかあります。ここからはそれ以前に撮影して失われたものも含め、それらを取り上げたいと思います。

38.桂弘薬局 米屋町










桂弘薬局(※現存せず)。米屋町。アーチ窓が可愛い看板建築でした。

53.青柳邸 観三橘町 大正11年 武田五一










旧青柳邸(※現存せず)。観三橘町。大正11年。武田五一の設計の大型洋館住宅。残念ながら5年くらい前に取り壊され現存していません。写真はたまたま用事で通りかかった時に見つけて撮影したもの。
54.青柳邸










外観から分かる通り、手の込んだかなり立派な洋館。内部もレベルの高いものだったと思われますが、今となってはもう知ることは出来ず…。

55.旧富岡鉄斎邸書庫(旧府議会議員官舎) 薬屋町 大正期










旧富岡鉄斎邸書庫(※現存せず)。薬屋町。大正期。明治・大正期の文人画家として知られる富岡鉄斎邸の洋館の書庫で、近年まで京都府議会議員公舎として京都府北部の府議会議員の宿舎として使用されていましたが、去年主屋と共に取り壊されたようです。一応、保存活用の案もあったようですが、著名人の邸宅でも取り壊されてしまうんですね。ちなみにこちらのブログに書庫内部の写真がありますが、宿舎として使用するためかなり改造されています。


護王神社南の洋館4










旧大井邸洋館(※現存せず)。近衛町。護王神社の南側にあった洋館。
護王神社南の洋館2













主屋に隠れて見えづらかったですが、それでもレベルの高さを感じる洋館でした。
大井邸・大正期の洋館










その旧大井邸の洋館が、通りかかった際に取り壊されていました・・・

上京区役所2










上京区役所。(※現存せず)。堀出町。昭和12年。
上京区役所1










1階から3階まで真っ直ぐ伸びたステンドグラスが特徴的でした。

梅香荘2017年12月取り壊し1










梅香荘。(※現存せず)。明治28年。元々は京都電燈堀川変電所だった建物。
梅香荘2017年12月取り壊し2










その後、アパートに改装されましたが、6年前に取り壊されました。

旧みずほ銀行西陣支店










みずほ銀行西陣支店。(※現存せず)。昭和11年。旧第一銀行西陣支店。京都市考古資料館の向かいにあった古典様式の銀行建築。第一勧業銀行からみずほ銀行になったとき、多くの戦前の銀行建築が取り壊された気がします。

西陣には他にも
旧びわこ銀行西陣支店









京都市考古資料館の隣にあった、びわこ銀行西陣支店(大正10年)や、
山口銀行西陣支店1









山口銀行西陣支店2








旧山口銀行西陣支店などの銀行建築がありましたが、すべて失われました。


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2023年01月14日

旧三井家下鴨別邸特別公開レポ日記

2022年8月の夏の文化財特別公開で公開された旧三井家下鴨別邸へ行った際の記事です。
旧三井家下鴨別邸は1階と庭園は普段から公開していますが、2階と3階は特別公開の日にしか入ることができません。今回は2階まででしたが、行ってみることにしました。

1.三井下鴨別邸正門







旧三井家下鴨別邸の正門。
2.三井下鴨別邸外観







旧三井家下鴨別邸の主屋。旧三井家下鴨別邸は元々明治13年に木屋町に建てられていた三井家の別邸を大正14年に三井家の祖霊社のある現在地の下鴨神社南の敷地に移築。増築を行い竣工しました。三井家の祖霊社は明治42年に完成しましたが、その敷地には元々屋敷があったらしく、旧三井家下鴨別邸の移築建築の際、元々の屋敷にあった茶室は残し旧三井家下鴨別邸の茶室としたようで、修理の際に慶応四年の年号がある棟札が見つかっています。旧三井家下鴨別邸は戦後、財閥解体により三井家から国へと移譲。国有地となった旧三井家下鴨別邸は昭和24年に京都家庭裁判所の官舎となりました。平成19年に官舎は廃止となり、平成24年に重要文化財に指定。修復され現在は文部科学省に移管されています。
3.三井下鴨別邸玄関







旧三井家下鴨別邸は江戸時代末期の茶室、明治時代の主屋、大正時代の玄関棟からなる近代和風建築です。写真は玄関棟。ここから入ります。
4.応接室







玄関入ってすぐの所にある洋室の広間。和風を基調とした旧三井家下鴨別邸の中で、玄関両脇にある応接室と洋室広間は数少ない洋風の部屋です。現在はレストランになっています。
5.1階座敷







1階座敷。旧三井家下鴨別邸の部屋で一番広い部屋。
6.1階座敷







1階座敷の床の間。
17.1階座敷次の間







1階座敷次の間。
10.1階8畳間







1階座敷次の間。奥には坪庭が。
11.1階中庭







坪庭部分。
32.1階廊下







1階廊下。
34.1階廊下










1階廊下。
18.1階座敷水屋













1階座敷の水屋。茶室だけでなく座敷でも茶を立ててたようです。
13.1階3畳間







1階3畳間。奥の板戸の絵は江戸時代後期の画家、原在正の作。
7.三井下鴨別邸蹲







1階座敷の縁側にある蹲。奥の建物が慶応4年の茶室。
8.三井下鴨別邸蹲







蹲。庭園へは1階の縁側から降りれます。
9.三井下鴨別邸庭園から







庭園側から見た旧三井家下鴨別邸。こうして見ると大きな建物です。三井家所有時は祖霊社の休憩所として使用されていたようです。
14.百日紅







庭園には百日紅や
15.桔梗







桔梗や
16.蓮







蓮の花が咲いていました。再び建物へ。
19.2階座敷







2階座敷。
21.2階座敷








庭園側は濡れ縁となっており、庭園を眺めることができます。木屋町時代は高瀬川側になってました。
22.2階座敷から







2階座敷から眺める。庭園。庭園は池泉回遊式。
20.2階座敷床の間







2階座敷の床の間。
23.2階4畳半間







2階4畳半間。
24.2階6畳半間







2階6畳半間。2階の上には中3階の部屋と3階望楼がありますが、今回の特別公開はここまで。
3階の特別公開も年に何回かあるようです。
25.2階東階段







2階東側階段の横には浴室と便所があります。
26.2階東階段







東側階段の手摺。
27.2階東階段








手摺のデザインは結構モダンなデザインで、大正14年移築時の物かと思います。
28.脱衣所







脱衣所の洗面台。
29.浴室













2階浴室。ちなみに1階には2ヵ所浴室があります。
30.2階便所







2階便所。当時としては珍しい洋式。これも大正期のものでしょう。1階にも3ヵ所便所があります。
31.2階洗面台













洗面台。水回りは近代的な方が使い勝手がいいのか、洋式で統一されています。
旧三井家下鴨別邸は取り壊しの話もあったようですが、近代和風建築としての価値が認められ、修復され重要文化財に指定されたことで、新たな京都観光の1つとして人気となっています。この日も多くの観光客が訪ねていました。



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2023年01月08日

たつの市の近代建築探索レポ日記

昨年、2022年12月29日に年末年始の休暇を利用して、兵庫県たつの市の近代建築探索をしてきました。
まずは本竜野駅前を探査。

1.洋風商店 龍野町堂本







駅前にある商店建築。たつの市龍野町堂本。
2.洋風商店







角の部分のベランダが良い感じです。
3.洋風商店







現在は使われていないようですが、元は美容室だったようです。

4.洋風商店 龍野町富永







洋風商店建築。たつの市龍野町富永。
5.洋風商店







事務所建築かもしれません。

7.田中邸







T邸。たつの市龍野町富永。
6.田中邸 龍野町富永







塔屋のある大きな建物。新しい建物かなと思いましたが・・・

9.田中邸







側面の窓がアーチになっていて古さを感じたので、一応撮影。

10.富永橋 龍野町富永







富永橋。たつの市龍野町富永。多分昭和初期。
11.富永橋そばの建物








12.富永橋そばの建物







富永橋の側にある建物。

13.ガレリアアーツ 龍野町富永







ガレリアアーツ。たつの市龍野町富永。揖保川の側に立つ洋風建築。

14.ガレリアアーツ







ツイッターで頂いた情報では元銀行だったとか。
ここから揖保川を渡り龍野城のある対岸の街へ。

15.洋風アーチ門のある屋敷 龍野町下川原







揖保川の対岸にある洋風アーチ門のあるお屋敷。たつの市龍野町下川原。
16.洋風アーチ門のある屋敷







アーチ門部分。中々の門構え。スパニッシュ風ですね。
17.洋風アーチ門のある屋敷













装飾部分。
18.洋風アーチ門のある屋敷







通用門の装飾。

19.3階建ての建物 龍野町下川原







3階建ての和風建築。リノベートされています。

20.大阪屋 龍野町下川原







大阪屋。たつの市龍野町下川原。洋風の商店建築。

21.古林医院 龍野町下川原







古林医院。たつの市龍野町下川原。
22.古林医院







町屋造りの病院。
23.古林医院







玄関部分も趣あります。

25.古林邸







F邸。たつの市龍野町下川原。楼閣付きの立派な4階建て木造建築。

26.洋風住宅 龍野町旭町







洋風住宅。たつの市龍野町旭町。この辺りには龍野町遊郭がありました。

28.龍野町遊郭建築 龍野町旭町







龍野町遊郭の建物。たつの市龍野町旭町。まさに遊郭建築といった大きな建物。
29.龍野町遊郭建築







置屋建築でしょうか。
30.龍野町遊郭建築







正面からでは入りきれないくらい大きい建物。

31.カネヰ醤油 龍野町上川原







カネヰ醤油。たつの市龍野町上川原。煉瓦の宇建が中々洒落てます。
32.カネヰ醤油







カネヰ醤油の工場。煉瓦の煙突が見えます。

33.遊郭建築か 龍野町上川原







近くにある気になった建物。

34.商店建築 龍野町旭町







商店建築。たつの市龍野町旭町。たまたま見つけた建物ですが、中々のインパクトがあり思わず撮影。
35.商店建築







全体にタイルを貼っていますが、かなり年季が入ってます。戦後建築かもしれませんが、この古色ぶりは中々のもの。

36.半壊の洋館 龍野町柳原







廃墟の洋風住宅。たつの市龍野町柳原。ほぼ半壊していて、近いうちに姿を消すでしょう。

37.旧龍野醤油協同組合本館(大正ロマン館) 龍野町上霞城 大正13年







旧龍野醤油協同組合本館。たつの市龍野町上霞城。大正13年。
38.旧龍野醤油協同組合本館(大正ロマン館)







たつの市を代表する近代建築の1つ。現在は大正ロマン館として使用され、内部にも入れますが、この日は年末休館で入れず…

39.満田邸 龍野町上霞城 







M邸。たつの市龍野町上霞城。
40.満田邸







かなり立派な洋館付き住宅。

41.うすくち龍野醤油資料館 昭和7年







うすくち龍野醤油資料館。たつの市龍野町大手。昭和7年。たつの市を代表する近代建築の1つ。
42.うすくち龍野醤油資料館







元々はヒガシマル醤油の本社屋でした。たつの市はヒガシマル醤油のお膝元の街。
43.うすくち龍野醤油資料館







そしてここも年末休館で入れず。29日まではやってて欲しかったなぁ。

ふるさと 龍野町立町







ふるさと。たつの市龍野町立町。外観が洋風の小料理屋さん
44.ふるさと







軒下の装飾。
45.ふるさと













玄関部分のタイル張り。

46.洋風住宅 龍野町立町







洋風外観の住宅。たつの市龍野町立町。2階窓がT邸のようなアーチ窓です。

47.旧中川医院 龍野町立町 明治30年







旧中川医院。たつの市龍野町立町。明治30年。貴重な明治の擬洋風建築。現在はカフェになっていますが、やはりお休み…

48.元理髪店 龍野町本町







旧理髪店。たつの市龍野町本町。洋風の散髪屋さん。
50.元理髪店







現在は廃業しているようですが、内部を覗くとそのまま残されていました。

51.写真の店トラヤ 龍野町川原町







写真の店トラヤ。たつの市龍野町川原町。洋館の写真館。
52.写真の店トラヤ







玄関部分が意匠的です。大正期の建物でしょうか。

53.サイレントリリィ 龍野町川原町







サイレントリリィ。たつの市龍野町川原町。 
54.サイレントリリィ







現在は雑貨店。大きな窓がモダンさを出してます。

55.サイレントリリィ







2階の装飾。折り紙の風車のような変わった装飾。

56.金葉会 龍野町川原町







金葉会。たつの市龍野町川原町。何かの会館だったのでしょうか。

58.川原町公民館







川原町公民館。たつの市龍野町川原町。
57.川原町公民館 龍野町川原町







スクラッチタイルを外壁に用いた昭和初期らしい外観。
59.川原町公民館







ただし、建物自体は木造の看板建築だと分かります。

60.杉原邸 龍野町川原町







S邸。たつの市龍野町川原町。
61.杉原邸







建物の半分が洋館で、半分が和風という変わった建物。

62.山下邸 龍野町曰山







Y邸。たつの市龍野町曰山。明治36年。まるで神戸の北野にあるようなレベルの高い洋館。
63.山下邸







明治36年築という古さも貴重。相当な資産家が建てたと思われる洋館。
65.山下邸







たつの市の洋館住宅としては一番のレベルの高さかと。
66.山下邸







玄関のアーチ窓にいるフクロウの像。内部とかも凄いんだろうなぁとは思いますが、何せ個人宅なので。最近外壁を塗り直しているようで、大切に使われていることが分かります。

67.ヒガシマル醤油第二工場事務所 龍野町曰山







旧ヒガシマル醤油第二工場事務所。たつの市龍野町曰山。たつの市の中心街から少し外れた場所にある工場。昭和初期でしょうか。
68.ヒガシマル醤油第二工場事務所







今は工場としては使われていないかも。

70.洋館平屋 龍野町曰山







洋風の平屋住宅。たつの市龍野町曰山。ヒガシマル醤油第二工場の近くにあります。

71.洋室のある町屋 龍野町曰山







洋室のある町屋。たつの市龍野町曰山。洋室部分は応接室だったんでしょうね。元商家かな。

73.洋館付き住宅







洋館付き住宅。たつの市龍野町中霞城。玄関部分が良い感じですね。

74.中塚邸 龍野町中霞町







N邸。たつの市龍野町中霞城。主屋を中心に洋館と洋風の玄関が付属する住宅。
76.中塚邸







洋館部分。背後の主屋も洋館側は外観が洋風になってます。
75.中塚邸







玄関部分も洋風。もしかしたら個人医院だったのかも。

77.ドイツ風洋館住宅 龍野町中霞町







ドイツ風の洋館住宅。たつの市龍野町中霞城。塀の奥に本格的な洋館住宅がありました。昭和初期でしょうか。
78.ドイツ風洋館住宅







門も意匠的。やや和風っぽくも見えますが。
79.ドイツ風洋館住宅







門の格子から敷地内を拝見。表札も出ていないため、空き家っぽいです。

80.近代和風建築 龍野町中霞町







数寄屋風近代和風建築。たつの市龍野町中霞城。元料理旅館でしょうか。レベルの高い数寄屋建築がありました。

81.常木邸 龍野町下霞城







T邸。たつの市龍野町下霞城。
82.常木邸







中々本格的な洋館が付属した住宅がありました。昭和初期でしょうか。

83.下見板張りの平屋 龍野町下霞町







下見板張りの平屋建物。たつの市龍野町下霞城。ちょっと気になった建物。
20221229_125651







向かいに建つ和風建築も良い感じでした。

84.加瀬タイル 龍野町下川原







加勢タイル。たつの市龍野町下川原。駅へと向かう途中に見つけた建物。

85.加瀬タイル







建物は町屋造りですが、タイル店だけあって本来は漆喰を塗るはずの壁はモザイクタイルでびっしりと貼られています。
86.加瀬タイル













1階部分に貼られたモザイクタイルで書かれた「タイル衛生陶器」の文字。
87.加瀬タイル













反対側には「KASETILE」の文字。タイル店としての誇りと自信を感じる細工です。

20221229_102423







20221229_104331







たつの市は播磨の小京都と言われるくらい古い建物が多く残る風情ある街で、近代建築にも多く出会えました。ただ、年末ということで普段なら内部に入れる建物が軒並み休館だったのが残念。龍野城も外観は見れましたが、本丸御殿は入れず・・・。機会があったら今度は入りたいですね。

ヒガシマル醤油







上にも書きましたが、たつの市はヒガシマル醤油のお膝元の醤油の街。
うすくち醤油ラーメン







その醤油の街たつの市で頂いた「うすくち醤油ラーメン」。たつの市の薄口醤油を使用したラーメンはあっさりかつ醤油の風味や出汁が良く効いていて美味しかったです。


besan2005 at 10:50|PermalinkComments(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

2022年12月25日

大阪陸軍航空補給廠姫路出張所遺構探索レポ日記

兵庫県福崎町にかつて大阪陸軍航空補給廠姫路出張所という陸軍の施設がありました。
大阪陸軍航空補給廠姫路出張所は大阪陸軍航空支廠の機材や燃料の管理部門として昭和17年に完成しました。
今回、福崎町の近代建築探索のついでに大阪陸軍航空補給廠姫路出張所の遺構の探索もすることにしました。ただし、遺構の詳細に関してはあまり分からなかったので、いつもお世話になっています「大日本者神國也」の管理人、盡忠報國様よりアドバイスを得て探索しました。
※大日本者神國也 大阪陸軍航空補給廠姫路出張所
しかし、目当てにしていたいくつかの遺構に関しては確認できなかったり、辿り着けなかったりと未探索に終わった遺構もあり、不完全燃焼な結果に。なので、当記事は探索できた遺構のみ紹介いたします。
なので、詳細な情報が知りたいという事でしたら、盡忠報國様のブログの記事を閲覧される方が良いかと思います。

大阪陸軍航空補給廠姫路出張所遺構配置図










大阪陸軍航空補給廠姫路出張所遺構位置図。
戦後、大阪陸軍航空補給廠姫路出張所の跡地は町の誘致により養鶏場が完成しますが、杜撰な経営により新たに工業団地となることが決定し、現在は福崎工業団地となっており、その際に主要な遺構はほぼ取り壊されたものと思われます。現在は敷地の中心から離れた箇所や山中に残された遺構が点在する形となっています。

1.正門







\橘隋L渦箸力討稜鴫阿力討忙弔気譴討い泙后L膸イ寮廚残っています。
2.正門







裏側。国旗を掲揚していた金輪が残されています。かつては門扉の金属製の蝶番がありましたが、恐らく戦後すぐに取られたものと思われます。

3.裏門







⇔¬隋B膾緡Ψ街匐補給廠姫路出張所の遺構では一番知られているもので、正門と違い門柱は2つ残さています。写真は敷地外から。
4.裏門







敷地内から。蝶番が全て取られています。
5.裏門説明板







裏門の脇には説明板が設置されています。

6.コンクリート構造物







コンクリート構造物。裏門の敷地内側のすく近くにある遺構。

7.コンクリート構造物







何の遺構かは不明。盡忠報國様は焼却炉ではと書かれています。

8.土堤







づ敖蕁B膾緡Ψ街匐補給廠姫路出張所の敷地を区切る境界の土堤。
9.土堤







断面は三角形です。

この他にも山中に乾燥火薬庫の跡が2ヵ所あり、火薬庫基礎や石垣擁壁や貯水槽が明瞭に残っているようですが、向かったはいいものの、進入路が全く分からず断念。 消化不良の残念な結果となりました。
あと、周辺には地下壕もいくつか残されているようです。

besan2005 at 12:15|PermalinkComments(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック
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