岐阜県

2021年05月15日

大垣市の近代建築探索レポ日記

1/9の1日目の岐阜市の近代建築探索に続く2日目は、大垣市の近代建築を探索。

0ホテル1










0ホテル2










岐阜市の近代建築探索を終えて泊った大垣市のビジホ。
ビジホでも旅気分が味わえますね。私的には豪華で広いホテルの部屋より
これくらいの方が落ち着くw
0ホテル朝食







ビジホの朝食。まぁ豪華さは無いけどこれでも十分でした。ワッフルが意外と旨かったし。
さて、大垣市の近代建築探索開始です。まずはホテルの近くの物件から。

1三甲テキスタイル 室村町 大正3年










三甲テキスタイル煉瓦倉庫。室村町 大正3年。
2三甲テキスタイル










結構大きな煉瓦倉庫。
3三甲テキスタイル事務所










三甲テキスタイル事務所。こちらも大正3年の築。装飾に富む立派な事務所。

4看板建築 林町













看板建築の建物。林町。昭和初期頃?

5看板建築










純然たる洋風看板建築ですね。装飾が素晴らしい。
6看板建築










看板が残ってましたが、脱落してて元々の店名が分からず。
ここから国道258号線沿いを南下。
7唐破風のある近代和風建築 藤江町5丁目










唐破風のある立派な和風建築。藤江町5丁目。
8洋風看板建築 藤江町5丁目










洋風看板建築。藤江町5丁目。大正〜昭和初期頃?
9洋風看板建築










装飾は少ないけど、軒周りが戦前っぽいです。
10廃アパート 南頬町










南頬町を歩いていたら見かけた廃アパート。戦前物件ではないですが、何となく惹かれました。
11廃アパート










何となく哀愁を感じる雰囲気でした。
12西濃記念館 大井3丁目










西濃記念館。大井3丁目。大正期? 元西濃運輸の本社屋を移築したもの。
ここからずっと西へ。
13神鋼造機事務所 本今町










神鋼造機事務所。本今町。昭和初期頃? 
良い建物なので近くで見たかったけど、遠い場所からしか無理でした。
ここから再び戻る感じで北上。
14洋風看板建築 船町4丁目










洋風看板建築。船町4丁目。明治〜大正期頃?
15洋風看板建築













数ある看板建築の中でもこれは中々の古さを感じます。明治くらい遡るかも。

16洋館付き住宅 馬場町










洋館付き住宅。馬場町。大正〜昭和初期頃?

17洋館付き住宅










立派な洋館が付属するお屋敷ですが、すでに空き家。いずれ消えてしまいそう…。

18大規模洋館住宅 寺内町4丁目










探索前にGoogleMapで調べていて偶然発見した寺内町の大規模洋館。
昭和初期頃と思われる洋館は物凄く気になってましたが、通りの奥にある上に
明らかに私有地なので、ここからしか撮影できず。

19美濃庄商事 寺内町4丁目










美濃庄商事。寺内町4丁目。昭和初期頃?

20美濃庄商事










和洋折衷な感じの建物です。

21俵町










俵町の商店。

22碧雲堂印鋪 俵町










碧雲堂印鋪。俵町。大正〜昭和初期頃?

23槌屋看板 俵町










柿羊羹の槌屋本店の看板。この彫り物が素晴らしく思わず1枚。
ここから大垣市の中心部へ。

24旧大垣貯蓄銀行 郭町2丁目 昭和2年










守屋多々志美術館。郭町2丁目。昭和2年。

25旧大垣貯蓄銀行










元、大垣貯蓄銀行の建物。大垣市の近代建築でも大型の建物。

26旧大垣貯蓄銀行










角の装飾が良いですね。
次に向かったのは大垣城。

27大垣城天守







大垣城復興天守。大垣城の天守は戦前まで残ってましたが、残念ながら空襲で焼失。
で、その天守のすぐ近くで見つけた建物。

28大垣武徳殿 郭町 昭和13年










大垣武徳殿。郭町(大垣城内)。昭和13年。

29大垣武徳殿










武徳殿とは戦前に全国に造られた剣道場。有名な京都の武徳殿が本部。

30大垣武徳殿










しかし、すぐ近くの大垣城天守が空襲で焼失したのに、この建物は生き残ったのか。
まさに運命は紙一重なんだなぁ。現在は使われずやや荒れてきてます。
空襲を生き延びた貴重な戦前の木造建築、何とか活用して欲しいです。
大垣城を離れ西へ。

31スクラッチタイルの洋風看板建築 神田町1丁目










スクラッチタイルの洋風看板建築。神田町1丁目。昭和初期頃?
こちらも偶然見つけた物件。参考にした他サイトには載ってないもの。

32スクラッチタイルの洋風看板建築










結構立派な建物です。今回の中では武徳殿に次ぎ嬉しい出会い。

33イビデン西大垣変電所 西崎町4丁目 大正10年










イビデン西大垣変電所。西崎町4丁目。大正10年。

34イビデン西大垣変電所










大垣市内でも最大級の近代建築で、三甲テキスタイルの倉庫と並ぶ貴重な煉瓦建築。
足場が組まれていたから修理してるのかなと思ってましたが、ツイッターの情報で、
2021年の2月に解体されてしまったそうです。ギリギリのタイミングで見ることが出来ました。

35養老鉄道 西大垣駅 木戸町 大正2年










養老鉄道西大垣駅。木戸町。大正2年。昔懐かしの木造駅舎ですね。
このあと大垣駅に戻り、大垣市の郊外にある赤坂の近代建築群を探索しようと思いましたが、
13時出発のあと、戻りの電車が16時しかなく断念。結構ハイレベルな洋館がいくつかあるので、
あらためて探索したいと思います。あと、事前に参考にした他サイトにかなり立派な昭和初期頃の洋館住宅が紹介されてて是非見たかったのですが、数年前に取り壊し…。

さて、大垣市で頂いた昼食。
36朝日屋










朝日屋さん。昔ながらの定食屋さんですが、ここは特徴的なカツ丼が有名だそうで。

38朝日屋店内







有名店で人気のため店内は一杯で、通された場所はまんま田舎の民家の座敷w

37カツ丼







朝日屋さんのカツ丼。泡立ったふわふわの卵が乗ったカツ丼は口当たりがよく、
味付けも優しく美味しくいただきました。

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岐阜市の近代建築探索レポ日記

今年の1月9日と1月10日に岐阜県の岐阜市と大垣市の近代建築を探索してきました。
今回は初日の岐阜市の近代建築。岐阜駅に到着して、まずは駅の南側を探索。
1那波邸 加納上本町










N邸。加納上本町。昭和初期頃? 
事前の下調べで参考にしたサイトには無かった偶然見つけた物件。元医院ぽい雰囲気でした。
2廣田邸 加納永井町










H邸。加納永井町。昭和初期頃? 洋館付き住宅。

3西本邸 加納村松町










N邸。加納村松町。大正〜昭和初期頃?  こちらも洋館付き住宅。
再び駅方面へ。
4金津遊郭時代の建物か 加納水野町










旧遊郭の建物? 加納水野町。昭和初期頃?
この辺りはかつて金津遊郭があったようで、今でも歓楽街の名残が残ってます。こういう感じの建物、京都市の五条楽園や大和郡山市の東岡遊郭で見かけましたね。軒周りには凝った装飾があります。
5洋風看板建築 元町3丁目










洋風看板建築。 元町3丁目。大正〜昭和初期頃? 
5洋風看板建築










現在は商店としては使われていないようです。
次は東へと向かい、戦前の住宅街だったと思われる場所へ。
6洋館付き住宅 東栄町1丁目










洋館付き住宅。東栄町1丁目。大正〜昭和初期頃?  小規模な洋館付き住宅。
7平田邸 雲井町1丁目










H邸。洋館付き住宅。大正〜昭和初期頃? 雲井町1丁目。
8平田邸










洋館部分は応接室だったんでしょうね。
9小石邸 月丘町3丁目










K邸。月丘町3丁目。大正期頃? 
10小石邸










こちらは立派な洋館がありました。

11豊島邸 花沢町3丁目










T邸。花沢町3丁目。大正〜昭和初期頃? 

12豊島邸










事前の下調べで参考にしたいくつかの近代建築のサイトにはどこも掲載されておらず、
この界隈を探索していて偶然見つけた物件。中々の発見でした。
13豊島邸










現在は個人宅ですが、元々は事務所だったようにも思えます。
14戦前の工場か 瑞雲町2丁目










戦前の工場棟? 瑞雲町2丁目。
15戦前の工場か










今は使われていないようです。
16高橋邸 瑞雲町3丁目










T邸。瑞雲町3丁目。大正〜昭和初期頃? 
この辺りは洋館付き住宅が多く残ってます。
17洋館付き住宅 瑞雲町2丁目










洋館付き住宅。瑞雲町2丁目。大正〜昭和初期頃? 
18洋館付き住宅










小さいながらもちゃんと洋館部分が造られています。無表札。
19洋館付き住宅 月丘町2丁目










洋館付き住宅。月丘町2丁目。昭和初期頃? 
20洋館付き住宅










中々モダンな住宅。表札は分かりませんでした。
西へと向かい、市街地の中心部へ。

21旧岐阜貯蓄銀行 徹明町 昭和12年 西村好時










てつめいギャラリー。徹明町。昭和12年。

22旧岐阜貯蓄銀行










旧岐阜貯蓄銀行の建物で、銀行建築を多く手掛けた西村好時の設計。

23旧岐阜貯蓄銀行










内部を見たかったけど、勝手に入るなみたいなことが入り口にあり、断念(´・ω・`)

24旧岐阜県庁舎 司町 大正13年 清水正喜










旧岐阜県庁舎。司町。大正13年。

25旧岐阜県庁舎










清水正喜の設計。保存されてますが、入れませんでした。

26旧青木医院 大工町 大正6年










旧青木医院。大工町。昭和6年。

28旧青木医院










白亜の洋館がかつての医院部分。

27旧青木医院










中々素敵な洋館です。

29洋館事務所 西材木町










戦前の事務所建築。西材木町。昭和初期頃? 

30洋館事務所










スクラッチタイル張りの洋館で、丸窓もあります。

31洋館事務所










丸窓部分。

32銅板張りの倉庫 今町1丁目










銅板張りの倉庫。今町1丁目。大正〜昭和初期頃? 

33藤華 湊町













藤華。湊町。大正〜昭和初期頃? 中々華やかな装飾のある看板建築。
ここから長良川を渡って北方面へ。

34旧診療所か 若竹町2丁目










元診療所の建物か。若竹町2丁目。大正〜昭和初期頃? 

35旧診療所か










こちらも事前情報はなく、偶然見つけた建物。

IMG_9806










玄関部分にある「日本医師會會員」のプレート。規模的に診療所かなと思いました。
現在は空き家。

36旧久保田外科医院 長良福光 昭和6年










旧久保田外科医院。長良福光。昭和6年。
IMG_9813










スパニッシュ風の中々オシャレな洋館です。

IMG_9811










正面。
IMG_9814










玄関部分。らせん状の柱が良いですね。

IMG_9812










丸窓の装飾も優雅でシャレてます。
この旧久保田外科医院が本日の探索の最北端。なので、再び南下します。
37忠節用水第二樋門 御手洗 昭和8年










忠節用水第二樋門。御手洗。昭和8年。

38忠節用水第二樋門










事前の情報が無きゃ間違いなくスルーしてました。

39鏡石水源地ポンプ室 鏡石 昭和5年 










水の資料館。鏡石。昭和5年。元は鏡石水源地のポンプ室。
40鏡石水源地ポンプ室










残念ながら休館中で、岐阜護国神社の境内からの撮影のみ。

41名和昆虫研究所昆虫記念館 大宮町2丁目 明治40年 武田五一










名和昆虫研究所昆虫記念館。大宮町2丁目。明治40年。

42名和昆虫研究所昆虫記念館










かの武田五一の設計。現存する武田五一の作品の中でも最古クラス。
中々素晴らしい洋館ですが、屋根窓がやたらデカくて重そうに見えます。

43名和昆虫博物館 大宮町2丁目 大正8年 武田五一










名和昆虫博物館。大宮町2丁目。大正8年。
44名和昆虫博物館










先ほどの名和昆虫研究所昆虫記念館の隣に建つ博物館。こちらも武田五一の設計。
明治・大正期の武田五一の作品が並んだ形で見れるのはここだけかも。

45館長







建物の前にモフモフの猫がいました。

46旧岐阜県洋服会館 米屋町 明治後期










旧岐阜県洋服会館。米屋町。明治後期。

47旧岐阜県洋服会館










紹介されているサイトでは明治後期とありますが、綺麗に改装されていて古さを感じません。
今はどこかの会社の事務所になっているっぽい?

48旧日下部合資会社事務所 米屋町 大正2年










旧日下部合資会社事務所。米屋町。大正2年。

49旧日下部合資医者事務所










優美な洋館で、かつてこの場所にあった日下部久太郎邸の敷地内に建つ、事務所兼応接の洋館とか。
かつては左側のマンション部分に邸宅があったようです。

49旧日下部合資会社事務所










玄関から内部を撮影。内部も当時の姿がそのまま残されています。
何か良い活用法があればいいのですが。
51洋館付き住宅 上竹町 










和洋折衷住宅。上竹町。大正〜昭和初期頃? こちらも偶然見つけた物件。
52洋館付き住宅










和洋折衷というか、和館と洋館を無理矢理組み込んで一緒にした変わった住宅。

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側面は出窓付きの洋風デザイン。

53洋館付き住宅










中々のお屋敷ですが、現在空き家のようで2階部分のベランダの手すりが崩壊しかかってます。
あまり長くは持たなそう・・・
岐阜市の近代建築は以上です。ここからはその他の気になった物件などなど。

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岐阜城の復興天守。今回は時間がなく行けなかった。代わりに御城印のみ確保。

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正法寺大仏殿。いわゆる岐阜大仏。大仏殿は江戸時代の寛政12年。
大仏はそれから32年後の天保3年に完成。
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岐阜市では有名な寺院ですが、今回の主旨とは別なので外観のみ撮影。

さて、せっかくなので岐阜市内でも有名なお店で食おうと向かったのがこちら。
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丸デブ総本店。地元では有名なラーメン店で、元々は大正6年創業の中華料理店。
めちゃ老舗の店で、有名店らしく店の前には行列が。
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しかし回転は速く割とすぐに入店。メニューは中華そばとワンタンのみ。
というわけで、中華そばネギ多めを注文。届いたのは丼なみなみスープの1杯。
スープは蕎麦かうどんの汁に近い感じで優しい味。美味しくいただきました。

次回は2日目の大垣市の近代建築探索の記事となります。


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2019年11月13日

飛騨市・飛騨古川町の近代建築探索レポ日記

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9月17日より1ヶ月半余り出張で岐阜県の高山市に滞在して休日に高山市内の近代建築を探索していましたが、
※高山市の近代建築探索レポ日記 - BESANの歴史探訪
滞在中に隣町の飛騨市の飛騨古川町でちょうど新そば祭りが行われたため、そば祭りと合わせて飛騨古川の近代建築探索をしてきました。飛騨古川町も範囲は狭いですが古い街並みの残る観光地で、街中にはいくつもの近代建築が存在していました。

1旧河合療院 古川町弐之町 昭和3年










〇旧河合療院。古川町弐之町。昭和3年。
2旧河合療院










飛騨古川町を代表する洋館ですね。いかにも戦前の町の医院と言った佇まい。
3旧河合療院













外観も良く保たれてますが、現在は向かいの場所に河合療院の新たな建物が建てられこちらは使用されていないようです。内部を見てみたいものです。国登録有形文化財。

4渡邉家住宅土蔵別館 古川町壱之町 昭和9年













〇渡邉家住宅土蔵別館。古川町壱之町。昭和9年。
造り酒屋の大きな商家の裏手に建つ洋館。何故かこの建物だけ洋風。
5渡邉家住宅土蔵別館










裏手の様子。いい雰囲気ですね。
渡邉家










表側の主屋も含めて国登録有形文化財。

6加藤邸 古川町壱之町 昭和初期か










K邸。古川町壱之町。昭和初期か。
街中を歩いていて見かけた住宅。何となく洋風の雰囲気を漂わせる感じだったので開いてたガレージになっている部分を拝見すると…
7加藤邸内部洋室










タイル張りの床に洋風の窓。そして壁に作り付けの机(元は暖炉?)と中々良い雰囲気のスペースが。元は応接室だったんでしょうかね。

7洋風商店 古川町壱之町 昭和初期か










古川町壱之町の元洋風商店。昭和初期頃でしょうか。1階は完全にガレージとなってますが、2階はオリジナルの姿が残されていました。

8馬場のかどや 古川町殿町 昭和初期か










〇馬場のかどや。古川町殿町。昭和初期か。
9馬場のかどや










2階は伝統的な商家ですが、1階はまるでカフェーのような洋風のデザイン。現在は居酒屋ですがふさわしい用途かも。

10由布衣工房 古川町壱之町 昭和初期か










〇由布衣工房離れ。古川町壱之町。昭和初期。
元は河合家別邸だった建物。大きなお屋敷です。離れのこの建物は2階部分に洋風の意匠がありますね。表門の写真を撮るのを忘れました。国登録有形文化財。

11飛騨古川駅 古川町金森町 昭和9年










〇飛騨古川駅。古川町金森町。昭和9年。
12飛騨古川駅










JR高山本線開業時からの駅舎です。10数年前までは地方都市のあちこちにこういった洋風の平屋建てのレトロな木造駅舎がありましたが、ずいぶん数が減りました。
八木駅舎










もうすぐ建て替えになるため、建て替え前に訪問した京都府南丹市の八木駅舎を思わせる昔懐かしい駅舎です。※八木駅舎の記事は後日作成予定。
13飛騨古川駅










車寄せ部分。天井部分に若干の装飾が。
14飛騨古川駅










15飛騨古川駅










待合室内部。そうそう。昔の駅舎はこんな感じでした。懐かしいですね。
16飛騨古川駅










駅のホームの上屋。できればこのまま使われ続けて欲しいです。

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この日、飛騨古川駅の裏の駐車場では飛騨そば祭りが開催されていました。10時の開場直後の様子なのでまだお客さんは少ないですが、11時になるとお客さんで一杯になり列が出来ました。
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会場では地元の蕎麦屋さんの手打ちの実演も。
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私も新蕎麦を頂きました。
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地元産の天然キノコを使ったきのこ蕎麦。山で採れた天然のキノコは味が濃く旨みや歯ごたえもあり絶品。蕎麦は新蕎麦の十割蕎麦で香り良くコシがあり旨かったです。
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1杯じゃ足りず、盛り蕎麦も注文w
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地元産のイワナの炭火焼も美味しかったです。
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飛騨古川町はさすが観光地だけあって、高山市と同じく古い町並みが良く残されてました。蕎麦も旨かったし、こちらに旅行するなら高山市と飛騨古川はセットで巡りたいところですね。
ちなみに飛騨市内には他にも飛騨神岡町にいくつか良い感じの近代建築があるようですが、距離と時間の都合で行けませんでした。ママチャリじゃなぁ・・・

君のそば













※おまけ。お蕎麦屋さんの店先にあった「君のそば」www
飛騨古川は映画「君の名は」の舞台になった町で、ヒロインの三葉ちゃんの住む糸守町のモデルですね。で、この「君のそば」・・・

君→温泉卵黄身
三葉ちゃん→三つ葉。
瀧くん→しらたき
結び→結び揚げ湯葉
赤い組み紐→飛騨の漬物

よく考えてますねw


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2019年11月11日

高山市の近代建築探索レポ日記

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先月まで岐阜県の高山市に出張に行ってました。1ヶ月半に及ぶ長い出張で忙しさもあり大変でしたが、おかげで観光名所や市内の近代建築をくまなく探索することが出来ました。
また、出張中に隣町の飛騨市・飛騨古川町の近代建築探索も行いました。
飛騨市・飛騨古川町の近代建築探索レポ日記 - BESANの歴史探訪

以下、私が探索した高山市の近代建築を紹介していきます。
1かみなか旅館 花岡町 明治21年 元遊郭










〇かみなか旅館。花岡町。明治21年。
2かみなか旅館










国登録有形文化財の元遊郭の建物。

3かみなか旅館










今はちょっとお高めの旅館となっています。中が気になるなぁ。


4柚原邸 花岡町 大正〜昭和初期










〇柚原邸。花岡町。大正〜昭和初期。
5柚原邸










下見板張りのシンプルな建物。1階部分の窓がオシャレ。
6柚原邸










反対側の窓は改装されてますね。

7遊廓の検番所か 花岡町










8遊廓の検番所か










花岡町にあった何となく気になった建物。遊郭関連だった建物?

10旧村田医院










〇村田医院。本町4丁目。昭和27年。
9旧村田医院 本町4丁目 昭和27年










戦前かと思いましたが、戦後らしいです。(高山市の近代建築リストの本より)
11旧村田医院










戦後の建物ですが建物自体は良い雰囲気です。新たな用途になるのか改装中でした。
12上野家具店 花川町 昭和初期か










〇上野家具店。花川町。昭和初期。
軒周りの飾りが素敵な看板建築。

13高山信用金庫川西支店 朝日町 昭和戦前か










〇高山信用金庫川西支店。朝日町。
昭和戦前期か。何となく古そうです。
14うつほ人形店 朝日町 昭和戦前か










高山信用金庫の向かいにある戦前っぽい看板建築。

15飛騨高山中華そば鍛冶橋 本町3丁目 昭和初期か










〇飛騨高山中華そば鍛冶橋。本町3丁目。昭和初期。
16飛騨高山中華そば鍛冶橋










軒周りの装飾が凝ってます。今はラーメン店ですが、かつては何の建物だったんでしょうね。

18三之町倶楽部 上一之町 昭和23年










〇三之町倶楽部。上一之町。昭和23年。
19三之町倶楽部










戦前の建物に見えましたが、資料では昭和23年らしいです。
20三之町倶楽部










かつては商店だったようですが、現在はイベント関連の建物になってるようです。

17たま井や 下一之町 昭和初期か










〇たま井や。下一之町。昭和初期の看板建築。

21旧山桜神社火の見櫓 本町2丁目 明治14年 昭和11年移築










〇旧山桜神社火の見櫓。本町2丁目。明治14年築。昭和11年移築。
割とランドマーク的な存在の火の見櫓です。

22天狗総本店 本町1丁目 昭和11年










〇天狗総本店。本町1丁目。昭和11年。
高山市の近代建築で一番有名な建物ではないでしょうか。
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西から。
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北から。
23天狗総本店










お肉屋さんなので「精肉」の看板があります。
24天狗総本店










屋号でもある天狗の装飾。本格的な洋風建築とバラエティーに富んだ装飾は見ていて飽きません。
国登録有形文化財です。


25駿河屋(旧北陸銀行) 本町2丁目 昭和18年










〇駿河屋本店(旧北陸銀行)。本町2丁目。昭和18年。
戦時中の建物ですが、ちゃんと列柱を施した古典様式となっています。

28旧スミ時計店










〇旧スミ時計店。本町2丁目。昭和9年。
26旧スミ時計店 本町2丁目 昭和9年










天狗総本店の向かいにある建物。
27旧スミ時計店










こちらも高山市を代表する近代建築です。

29ル・ミディ 本町2丁目 昭和初期










〇ル・ミディ。本町2丁目。昭和初期。
現在は飛騨牛レストラン。天狗総本店の斜め向かいにあり、
天狗総本店・旧スミ時計店と並んでこの一角は近代建築が集中しています。

30バグパイプ 片原町 昭和初期










〇バグ・パイプ。片原町。昭和初期。
31バグパイプ










こちらも高山市を代表する近代建築の一つ。
32バグパイプ










内部は喫茶店です。レトロな良い雰囲気。
33バグパイプ










京アニ作品の「氷菓」にも登場し、ファンの聖地となっています。
34バグパイプ













階段の親柱。店主の方に聞くと建物は昭和初期とのこと。

35旧瀬古写真館 馬場町2丁目 昭和初期










〇旧瀬古写真館。馬場町2丁目。昭和初期。
36旧瀬古写真館










高山市図書館「煥章館」の近くにある建物。割とシンプルな外観。現在は廃業。


37山岸写真館 馬場町1丁目 大正7年










〇山岸写真館。馬場町1丁目。大正7年。
38山岸写真館










飛騨護国神社の近くにある華やかな外観の写真館。
39山岸写真館










玄関の「山岸写真館」の額も当時の物かな?国登録有形文化財です。

40旧日下部味噌醤油煉瓦蔵 上一之町 大正10年










〇旧日下部味噌醤油煉瓦蔵。上一之町。大正10年。
41旧日下部味噌醤油煉瓦蔵










近代建築が豊富な高山市ですが、煉瓦建築は非常に少ないです
(もう1か所あった煉瓦建築は取り壊された)。国登録有形文化財。

42旧高山町役場 神明町 明治28年










〇旧高山町役場。神明町。明治28年。
43旧高山町役場










堂々たる近代和風建築です。
44旧高山町役場










現在は資料館となっています。なんと無料。
45旧高山町役場










こちらの和室に置かれている高山市の近代建築の資料が大変参考になりました。
今回紹介している近代建築の年代はここで判明しました。
46旧高山町役場講堂










2階の講堂。大空間に広がる格天井は迫力あります。

47洋館付き住宅 堀端町 昭和初期か










〇堀端町の洋館付き住宅。昭和初期か。
城山に向かう途中で見つけた住宅。

48旧押上森蔵陸軍中将邸主屋 堀端町 大正2年










〇旧押上森蔵陸軍中将邸主屋。堀端町。大正2年。
50旧押上森蔵陸軍中将邸主屋










現在は移築され照蓮寺の庫裏となっていますが、かつては街中の西之一色町にあり、書斎や豪奢な洋館が付属していました。
49旧押上森蔵陸軍中将邸主屋  移築され照蓮寺の庫裏として使用










表玄関には式台がある格式高いもの。主屋は照蓮寺に書斎は飛騨国分寺の境内に移築されました。
51照蓮寺煉瓦蔵 押上邸の関連か










奥には煉瓦造の倉もありました。これも移築されたものでしょうか。
押上森蔵陸軍中将は陸軍兵器本廠を勤めた方で、退役後は火藥製造株式会社の社長を務め、また高山市の郷土史研究もされていた地元の名士。
65旧押上森蔵陸軍中将邸書斎 総和町 大正2年

 








で、こちらが飛騨国分寺境内に移築された旧押上森蔵陸軍中将邸の書斎。大正2年。
書斎と言っても一軒家です。
唯一残された洋館は取り壊しの危機に遭いましたが、地元の左官業の方の尽力で自邸に移築されたようです。詳しくはこちら
この方、なんと大河ドラマ「真田丸」の題字を書いた人だそうで、有名人だったんですね。
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飛騨国分寺三重塔。江戸時代後期・文政年間の築造。

53旧三星製糸事務所 神明町 明治21年










〇旧三星製糸事務所。神明町。明治21年。
54旧三星製糸事務所










明治前期の貴重な擬洋風建築。大切に使われています。

55サロン花里 花里町 昭和初期か










〇サロン花里。花里町。昭和初期か。
56サロン花里










小さな洋館付き住宅です。洋館もですが横の庭園も素敵。現在はカフェっぽいですね。

57旧須田医院 桜町 大正末期










〇旧須田医院。桜町。大正末期。
当時の外観が良く保たれており大切に使われています。
58旧須田医院










ただ、庭木がちょっと邪魔・・・

59旧高山測候所 西之一色町 明治36年










〇山岳資料館(旧高山測候所)。西之一色町。明治36年。
60旧高山測候所










高山市街地からやや離れた「飛騨の里」内に移築された建物。
国登録有形文化財ですが、やや傷みが目立ちます。 
61旧高山測候所










内部は登山や山岳関係の資料館になっています。
62旧高山測候所










入館料は無料。
63旧高山測候所










それにしても誰もいない。管理の人すらいない・・・

64旧藤井医院










旧藤井医院。上三之町。大正期か。
63旧藤井医院 上三之町 大正期か










かつて診療所だったと思われる洋館の方に目が行きますが、
横のかつて邸宅だった美術館の方が有名ですね。

66旧広瀬医院 上二之町 昭和22年










〇旧広瀬医院。上二之町。昭和22年。
67旧広瀬医院










小さい洋館付きの住宅。戦前かと思ったら戦後の建物でした。

IMG_4506










〇JR上枝駅。下切町。昭和9年。
上枝と書いて「ほずえ」と読みます。難読駅名ですね。
高山本線開業時からのレトロな木造駅舎。これを撮影した時、一応撮影した感じだったので、内部までは撮影せず、後から開業時の駅舎と知ってもっと撮影しておけばとガッカリ。

67戦前の発電所か 国府町村山










飛騨古川町へ向かう途中に見つけた古い水門。国府町村山。
68戦前の発電所か










吐き口は石積みで、
69戦前の発電所か










呑み口は古いコンクリート。何の施設かは分かりませんが戦前はありそうな古さです。
大正から昭和初期?

IMG_4290










〇高山市図書館「煥章館」。
2004年に開館した図書館ですが、外観は明治9年に完成した煥章学校(現・高山市立東小学校)を再現しています。
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映画「君の名は」にも登場した図書館としても知られていますね。

IMG_4275










高山市と言えば、和風の古い街並みが有名で、この界隈はいつも観光客でにぎわってましたが、少し足を延ばすと様々な洋風建築に出会えた素敵な街でした。

※余談
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高山市到着初日にホムセで買った安いママチャリ。
1ヶ月半の間、仕事場も買い物も街中の探索も山の上の松倉城跡へも隣町の飛騨市へもこのママチャリを漕いで走り回ってました。
最後の方は後輪のブレーキが不具合を起こしはじめ悲鳴を上げてましたが、よく頑張ってくれました。
チャリは地元の一緒に仕事をした方に贈呈。
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1ヶ月半過ごしたアパートの部屋。1ヶ月半とはいえずっと過ごしているとそれなりの愛着も湧くもので。何せ自宅に帰ったのは1度だけでしたからね。1ヶ月半お世話になった部屋。2度とこの部屋に住むことは無いだろうけど思い出には残りました。


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2019年11月02日

鈴鹿海軍工廠高山地下工場・地下壕探索レポ日記


観光地として著名な岐阜県高山市の市街地の北側にある北山に戦争末期、鈴鹿海軍工廠の疎開工場としての地下工場の建設が行われました。それが鈴鹿海軍工廠高山地下工場です。

鈴鹿海軍工廠は三重県鈴鹿市に昭和18年に建設された海軍工廠で、主に機銃弾や爆弾・砲弾の信管を製造していました。工廠本体の敷地は現在のイオンモール鈴鹿から本田技研鈴鹿工場の南端に至る広大なもので、最盛期は1万人あまりが働いていました。さらには周囲に工廠職員の官舎や職員用の海軍共済病院、工員養成所などが建ち並んでいました。

※鈴鹿海軍工廠遺構群探索レポ日記


鈴鹿海軍工廠の疎開工場としては三重県亀山市の関地下工場が有名ですが、高山市の疎開工場はあまり知られていません。
実は高山市には1ヶ月余りの出張で滞在していたのですが、滞在中にツイッターでいつもお世話になっている祐実総軍三等兵様からの情報でその存在を知り、探索をすることとしました
しかし具体的な場所が分からず、地元の郷土資料室で聞いても分からず、資料室の高山市史の記述と
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飛騨護国神社で教えていただいた情報を元に遺構の場所を特定できました。
鈴鹿海軍工廠高山地下工場位置図








※鈴鹿海軍工廠高山地下工場位置図。
北山公園の東側麓に3ヵ所(うち1つは推定)のコンクリート造の地下壕入り口を確認しました。
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地下壕群遠景。住宅街の背後の擁壁の裏に2ヵ所存在します。
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地下壕 ブルーシートの下にあります。ブルーシートは劣化してビリビリになっており、破れた部分から 撮影。地下壕入り口は最近作られた鉄製の頑丈な扉が付けられています。
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地下壕◆C浪執茘,留にあります。同じ造りのコンクリート造の地下壕で、こちらも頑丈な扉が付けられています。
実はこの一帯の擁壁は平成27年に作られたというプレートがあり、最近整備されたものですが、コンクリート地下壕部分は崖面を擁壁で塞がず手前に擁壁を作り新たに鉄製の扉を付けられています。詳しく聞いたわけではありませんが、これらの地下壕の保存を意図したものではないかと思われます。
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2つの地下壕入り口の南側の元旅館の敷地内に地下壕ではと思われるコンクリート造の横穴が残されています。
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形は違いますが大きさ的に先ほどの2ヵ所の地下壕と同じくらいです。
IMG_4490













コンクリートは川砂利を使用し、背後のコンクリート擁壁と比べ古さを感じます。また、躯体のコンクリートにモルタルを化粧塗りしている造りは戦前戦中の海軍のコンクリート造構造物に多く見られます。
ここは推測ですが、かつては崖面がもう少し手前にあり、その崖面が崩落したか削られ、地下壕の躯体の一部が露出したのではとも考えられます。
祐実総軍三等兵様が以前探索された際には、素掘りの壕や崩落したコンクリート造の壕もあったようですが、それらは確認できなかったので、擁壁工事の際に塞がれ保存状態の良い地下壕だけ残されたようです。
また、これは時間が無く確認できませんでしたが、後日地元の方から「勝久寺の背後の畑の中に防空壕がある」という話を聞き、北山の西側部分の地下壕の可能性もあります。
高山市の郷土資料室で閲覧した高山市史の記述によれば、鈴鹿海軍工廠高山地下工場は昭和20年2月に航空機用機銃生産の疎開工場としてこの北山で地下工場の工事が始められましたが、完成するまでの間は同市内の江名子町と下岡本町の山林に仮工場が作られたとあります。(仮工場の遺構は現存しているか未確認)
造られた仮工場は、
〇間口三間・奥行十七間。平屋建ての片屋根で波トタン葺き。外壁は緑色に塗装し周囲の雑木林と同じように見せるため偽装。
〇建築は地元の高山木工組合員が担当。用材は統制会社の地方木材株式会社が軍需品として供出。
〇仮工場開設に際し、全国から600人の若手の徴用工が集められ近隣の寺院などに宿泊。
〇1日の食事は白米2合・味噌汁1杯・煮付1皿。食事の不味さと少なさに工員が近隣の畑から作物を盗む事態が相次いだ。
〇高山分工場長は奥田益造海軍大佐。江名子工場主任は貞良三海軍中尉。
とのことです。
鈴鹿海軍工廠高山地下工場は結局未完成のまま終戦を迎え放棄されました。高山地下工場に関しては資料が乏しく調査もされていませんのでどれくらい工事が進んでいたのか、内部がどうなっているのか不明です。しかし、新たに鉄製扉が造られ、擁壁で塞がれることなく保存されているため、いずれ詳細な調査が行われるのかもしれません。その際の調査結果に期待したいところです。


besan2005 at 21:19|PermalinkComments(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック
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