姿を消した近代建築
2025年12月07日
旧梅屋小学校(1998年〜2005年取り壊し)

京都府庁の正面通り、釜座通と丸太町通の交差点北東角にあった学校です。
梅屋小学校は明治2年に開校した番組小学校で、昭和5年に鉄筋コンクリート造の校舎が建てられました。
しかし統廃合により1995年に閉校。2005年に跡地が梅屋公園として開園。この写真を撮影したのは1995年〜1998年頃だった記憶がありますので、1998年〜2005年の間に取り壊されたと思われます。京都市内の閉校した学校は最近では地区のコミュニティーセンターやホテルとして再利用されたりしていますが、この梅屋小学校も現在まで残っていたら、別の用途に再利用されたのでしょうか。
※この写真は1995年〜1998年頃にブログ管理人が撮影したものです。
2025年12月06日
関西テーラー(旧村井兄弟商会煙草工場 2009年取り壊し)

京都市東山区の馬町通にあった古い煉瓦建築。撮影時は関西テーラーというお店になってましたが、かつては明治33年に建てられた村井兄弟商会の煙草工場でした。村井兄弟商会の創業者、村井吉兵衛は煙草製造で成功し、煙草の専売制後は村井銀行を創業するなど金融業にも手をかけ、東山の円山公園の側に迎賓館的な別邸、「長楽館」を建てるなど京都の経済界に大きな影響を与えました。

煙草専売制後のこの建物は倉庫として使用された後は廃屋同然となってましたが、昭和22年に関西厚生協会が保存維持のために払い下げを受け、長らく残されてきました。旧村井兄弟商会煙草工場の建物は京都市内でも貴重な明治の煉瓦建築でしたが、やはり老朽化等で維持が難しくなったのが、残念ながら2009年に取り壊されました。
実はこの煉瓦建築の裏側にも同じ旧村井兄弟商会煙草工場だった煉瓦建築があり、そちらはマンションとして利用されていましたが、そちらも2009年に取り壊されました。その建物は当時は煉瓦風の外観を模した新しい建物と思っており、撮影しなかったのが悔やまれます。
※この写真は1995年〜1998年にブログ管理人が撮影したものです。
2025年12月03日
イトーキクレビオ船場ビル(2009年取り壊し )

大阪市中央区平野町、旧東京貯蓄銀行大阪支店の北隣にあった昭和11年築の建物。
設計は小川安一郎。外壁の煉瓦タイルと腰回りの石積風の外壁は、新井ビルを思わせるような雰囲気でしたが、南隣の旧東京貯蓄銀行大阪支店が2007年に取り壊されてから2年後の2009年に取り壊され、跡地は合わせて広い駐車場となっています。
※この写真は2001年頃にブログ管理人が撮影したものです。
旧東京貯蓄銀行大阪支店(2007年取り壊し)

大阪市中央区平野町にあった大正9年築の銀行建築です。すぐ近くに昭和5年築の小川香料があります。
軒周りや2階窓のアーチが並ぶロマネスク様式の外観は、石張りの外壁でありながら、他の重厚な古典様式の銀行建築と違い、軽やかさと親しみやすさを感じられる建物でした。

私が撮影した2001年頃にはすでに空き家となっていました。2001年前後は北浜などにあった戦前の銀行建築が次々と姿を消した時代。この旧東京貯蓄銀行大阪支店も行く末が心配されましたが、結局2007年に取り壊され、北隣にあった昭和11年築のイトーキクレビオ船場ビルも2009年に取り壊されました。
※この写真は2001年頃にブログ管理人が撮影したものです。









