姿を消した近代建築

2025年12月07日

旧竹田医院(2016年頃取り壊し)

竹田医院・間ノ町通










京都御苑の南、間之町通にあった古い個人病院。撮影時にはすでに閉院していたと思いますが、洋館と塀、門はそのまま残り、おそらく閉院後もこのまま生活されていたのではと思います。
ストビューを見ると2016年には駐車場になっているので、その頃に取り壊され更地にされたと思われます。
※この写真は2010年にブログ管理人が撮影したものです。

besan2005 at 21:43|PermalinkComments(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

旧梅屋小学校(1998年〜2005年取り壊し)

梅屋小学校









京都府庁の正面通り、釜座通と丸太町通の交差点北東角にあった学校です。
梅屋小学校は明治2年に開校した番組小学校で、昭和5年に鉄筋コンクリート造の校舎が建てられました。
しかし統廃合により1995年に閉校。2005年に跡地が梅屋公園として開園。この写真を撮影したのは1995年〜1998年頃だった記憶がありますので、1998年〜2005年の間に取り壊されたと思われます。京都市内の閉校した学校は最近では地区のコミュニティーセンターやホテルとして再利用されたりしていますが、この梅屋小学校も現在まで残っていたら、別の用途に再利用されたのでしょうか。
※この写真は1995年〜1998年頃にブログ管理人が撮影したものです。

besan2005 at 20:51|PermalinkComments(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

2025年12月06日

関西テーラー(旧村井兄弟商会煙草工場 2009年取り壊し)

旧村井商会2









京都市東山区の馬町通にあった古い煉瓦建築。撮影時は関西テーラーというお店になってましたが、かつては明治33年に建てられた村井兄弟商会の煙草工場でした。村井兄弟商会の創業者、村井吉兵衛は煙草製造で成功し、煙草の専売制後は村井銀行を創業するなど金融業にも手をかけ、東山の円山公園の側に迎賓館的な別邸、「長楽館」を建てるなど京都の経済界に大きな影響を与えました。

旧村井商会1









煙草専売制後のこの建物は倉庫として使用された後は廃屋同然となってましたが、昭和22年に関西厚生協会が保存維持のために払い下げを受け、長らく残されてきました。旧村井兄弟商会煙草工場の建物は京都市内でも貴重な明治の煉瓦建築でしたが、やはり老朽化等で維持が難しくなったのが、残念ながら2009年に取り壊されました。
実はこの煉瓦建築の裏側にも同じ旧村井兄弟商会煙草工場だった煉瓦建築があり、そちらはマンションとして利用されていましたが、そちらも2009年に取り壊されました。その建物は当時は煉瓦風の外観を模した新しい建物と思っており、撮影しなかったのが悔やまれます。
※この写真は1995年〜1998年にブログ管理人が撮影したものです。

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2025年12月03日

イトーキクレビオ船場ビル(2009年取り壊し )

イトーキ船場ビル








大阪市中央区平野町、旧東京貯蓄銀行大阪支店の北隣にあった昭和11年築の建物。
設計は小川安一郎。外壁の煉瓦タイルと腰回りの石積風の外壁は、新井ビルを思わせるような雰囲気でしたが、南隣の旧東京貯蓄銀行大阪支店が2007年に取り壊されてから2年後の2009年に取り壊され、跡地は合わせて広い駐車場となっています。
※この写真は2001年頃にブログ管理人が撮影したものです。

besan2005 at 18:44|PermalinkComments(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

旧東京貯蓄銀行大阪支店(2007年取り壊し)

旧東京貯蓄銀行大阪支店1








大阪市中央区平野町にあった大正9年築の銀行建築です。すぐ近くに昭和5年築の小川香料があります。
軒周りや2階窓のアーチが並ぶロマネスク様式の外観は、石張りの外壁でありながら、他の重厚な古典様式の銀行建築と違い、軽やかさと親しみやすさを感じられる建物でした。
旧東京貯蓄銀行大阪支店2








私が撮影した2001年頃にはすでに空き家となっていました。2001年前後は北浜などにあった戦前の銀行建築が次々と姿を消した時代。この旧東京貯蓄銀行大阪支店も行く末が心配されましたが、結局2007年に取り壊され、北隣にあった昭和11年築のイトーキクレビオ船場ビルも2009年に取り壊されました。
※この写真は2001年頃にブログ管理人が撮影したものです。




besan2005 at 18:31|PermalinkComments(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

2025年12月01日

宮崎家具旧本店(2013年取り壊し)

宮崎家具2









京都の老舗の家具店で、昭和11年に竣工した旧本店は、武田五一が基本設計を行い、弟子の宇都宮誠太郎が実際の設計を行った建物でした。一見鉄筋コンクリート造に見えますが、木造建物で外壁にはタイルが張られていました。
宮崎家具1









内部には武田五一設計の噴水や藤井厚二設計の客間があったそうで、取り壊される前に撮影しておけば良かったと今でも後悔しています。
※この写真は1995年〜1998年頃にブログ管理人が撮影したものです。

besan2005 at 20:12|PermalinkComments(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

七条壬生東の洋館(2001年頃取り壊し)

七条壬生東の洋館









七条壬生交差点の東、七条通沿いにあった洋館。3階建ての存在感ある建物で、おそらく商店だったと思いますが、撮影時には既に空き家となってました。記憶は確かではありませんが、2001年には取り壊されたと思います。ちなみに左の亀湯や右側の看板建築も現在は失われています。
※この写真は1995年〜1998年にブログ管理人が撮影したものです。

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2025年11月27日

旧竹之下邸(2019年取り壊し)

竹之下邸1 下鴨北園町 大正から昭和初期 2019年取り壊し










京都市左京区下鴨北園町にあった洋館。京都府立植物園の東で、昭和初期に分譲地として開発された住宅地になります。

竹之下邸2










旧竹之下邸は大正から昭和初期に建てられた洋館で、あめりか屋の設計でした。

竹之下邸3










あめりか屋の手掛けた洋館として優れた近代建築でしたが、2019年に取り壊されました。
※この建物は2018年にブログ管理人が撮影したものです。

besan2005 at 20:49|PermalinkComments(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

旧常岡邸(2014年取り壊し)

常岡邸








京都市北区、出雲路橋の南、加茂街道沿いに大型の洋館が2棟並んでた建っていました。
常岡邸2








スパニッシュ様式の洋館は京都市でも有数の大型洋館住宅でしたが、2014年に取り壊されました。
※この建物の写真は2001年頃にブログ管理人が撮影したものです。

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2025年11月25日

旧萬年社京都支社(2008年取り壊し)

萬年社









京都文化博物館の東側、キンシ正宗の店舗だった町屋の隣にあった洋館。2階のアーチ窓が特徴的でした。大正13年竣工。設計は宗建築事務所・大倉三郎。萬年社とは今でいう広告代理店で、電通に並ぶ大手企業でしたが、1999年に倒産。この建物は2008年までは現存していましたが、同年に取り壊され、現在はマンションになっています。
※この写真は1995年〜1997年頃にブログ管理人が撮影したものです。

besan2005 at 20:27|PermalinkComments(1) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック
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